DEGIDOG HEADLOCK 1 | ナノ
[Menu]
DEGIDOG HEADLOCK 1

――――LANCER Evolution



俗に「ランエボ」と呼ばれる、2000CCハイパワーターボエンジンを搭載した、軽量コンパクトなハイスペックマシンは。
1995年、スウェディッシュラリーにて初のWRC総合優勝を飾った快挙から、WRCにおいて対抗「インプレッサ」と共に、象徴的な戦闘機(ドッグファイター)となっている。
開発初期においての電子デバイスによる抑制は進化を遂げ、ランエボは圧倒的な動力性能を持つ、文字どおり「ドッグファイト専用マシン」となった。





「――――……いつでも連絡しろ、俺がすぐいけなくても誰かやるから」

須藤京一はプロジェクトDの遠征から帰ってきた高橋涼介に、いつになく厳しい口調で話していた。

仕事帰りに自身が共同経営するバー「Mustang」に顔を出してから、帰宅した京一の携帯が鳴り。

それだけ着信をしっとりとしたジャズナンバーメロディにしてある、液晶に表示された名は最近恋人となった最愛の相手である。

初めて逢った若き日から、互いに痛い程惹かれ合っていたのに。

 突然の別離から時間が互いを隔て、走り屋同士のスタイルの対立、長き擦れ違いを経て、焦がれ続けた末に漸く手にした。

 睦合いは限りなく甘く、京一にとってはこれほどの熱情を覚えた人間はいない。

 最近富に忙しい二人は、あの溶けるような邂逅以来、ろくに時間を共にしていなかった。

 プロジェクトD遠征は栃木を過ぎて埼玉に突入、課題を消化する形での二戦を消化したあと、同県土坂峠でのランエボ二台とバトルをした。

――――が

 詳細は京一を激怒させた。
 弟のFDが事故ったと言うのは、清次伝いに聞いていた。

 FDの代わりの車の手配を涼介に連絡し、駆け付けようか? と言う京一の申し出を断った涼介から、偶然ギャラリーに来ていた、埼玉で啓介とバトルをした女性のFDを借りる事ができて、代車の必要は無いと連絡が入った。

 とりあえず安堵しながらも、何故か気になって仕方が無かった京一の予感が的中した。

――――涼介が危険に晒された

 京一の性格なら恋人となった涼介の身に及ぶ危険など、自分自身が張り付いてでも排除したいくらいである。

 大嫌いな暴走族に涼介が……なんぞ。

 握る携帯がミシリと音を立てて、大丈夫だ、心配するなと、宥める涼介にも京一の声は低く、奥歯を噛んだような話しぶりになってしまう。

「――――……お前にしか触れられたくない……」

 心配されてウットリとした涼介の甘えた言葉は、京一の頭にトンでもない映像を浮かばせた。

―――――ふ……赤城の白い彗星か…………どこもかしこも白いぜ……ここはどうかな……? (イメージボイス:舘智幸)

 いやだ……そんな……ああ……

―――――ああ……綺麗な白がピンクになってきやがった……たまんねえぜ……(イメージボイス:舘智幸)

 そんな……ああ……そこは京一にしか……いやだ……


 最近、ご無沙汰故の妄想直結に。
 京一のこめかみに血管がビシリと浮いた。

「――――ッたり前だ……誰が他の奴に指一本でも触らせるか……俺のモンだ……ッ」

「ああ―――――……京一……凄く嬉しい……」

 獰猛な唸りにも、今の涼介には痺れさせる媚薬――――京一との熱いめくるめくような夜の全てを思い出させる。

 熱い溜め息を吐き、涼介は耳から流れる京一の低い声に、とろけそうになっていた。



 よく晴れた日、埼玉のとある地域で。

「WRCのあのDVD良かったからな、何か走りに一味加えられるかもな……」

 携帯片手に質素なアパートから、サラサラと長い金髪をなびかせて、色の白い細身の男が階段を駆け降りる。

「無茶しねーよ、実際あのDとのバトルは悔しかったからな……」

 携帯を耳と肩に挟み、ポケットから鍵を取り出す。

「ああ……後でな繁、なるべく早く来いよ」

 回線の向こうの相手が、照れて動揺するのは当然知りながら、和巳は髪を掻き上げて、フワリと笑った。

 珍しく優しいのは。
 あのプロジェクトDとのバトルで、気を訊かしたつもりの後輩が呼んだ失敗。
 暴走族に返り打ちにあってしまった。

 荒れた環境には慣れて、結構場数を踏んだ和巳も苦戦し、正直不味い状態だった。

 しかし、幼き頃から一緒にいる繁の、必死で和巳を守り、かばいながら返り打ちを受けた姿は。

 その太い腕が自分をまるで宝物のように。
 盾のように。

 大丈夫だから……と、向けられた掌の厚さが脳裏に焼きついた。

 暴走族連中の気が済むまで、文字通り和己の盾となった。

――――……俺なんかを馬鹿だぜ、アイツ

 実のところプロジェクトDとのバトルでオイルを撒いたり、
金が絡んだ作為にも理由があった。

 繁や和巳のような連中には、ランエボは金が掛り過ぎた。

 二人共、後悔すべきはやはり、FDを傷付けた事。
 車乗りとしては、やはり胸にシコリがある。

 表面的にはぶっきらぼうな和巳の方が、実は堪えていて。
 強がっていても、ふと反らされる表情に漂う痛み。
 傷だらけの繁は笑って抱き締めて、和巳を励ました。

 そして数日後―――突然に和己の元へ訪ねた繁は、まだまだ傷が残る顔を気まずそうにしながら。
 その厚みのある手から、一枚のDVDを手渡した。

 走るのが何より好きな和巳に渡されたDVD。
 WRCのとあるレースのものである。

 DVDを手に複雑な顔でいた和巳に、繁は照れたように言った。

――――……また土坂走ろうな と。

 イカツイ外見には似合わない、毛深くて情も深い幼馴染みの体も既に合わす関係でも、今一正直になりづらい和巳の気持ちを。

 誰よりも理解し包む無器用な男に、和巳は呆れながら嬉しそうに笑った。



「――――……お前らまで来る事はねぇッ!」

 獰猛な唸りは、怒鳴られている連中を総毛立たせたが、側近―――No,2の清次がビクつきながら話し出す。

 ここ、栃木のとある場所、須藤京一のマンション近くのスペースで。
 20台近くのランエボが物の見事に居並び。
 漆黒の一際戦闘的な姿をしたランエボの前に立つ、車そのものの厳しい外人部隊の軍人のような男チームリーダー須藤京一は、苛立たしげに岩城清次を見ている。
 清次の後方には固唾を呑んで見守るチームメンバー達。

「……いや京一、チーム同士なら手数いるしよ、相手ランエボなら余計……」

 清次が語り終る前に、京一は呆れた溜め息を吐いたものだから、慌てた清次は弁解めいた台詞をまくし立てた。

「京一ィ、俺、あの辺ちょっと詳しいんだよ」

 チラリと京一の目が清次を見つつも。

「……勝手にしろ……ッ」

 一言唸ると自身の漆黒のLANCER EvolutionVに乗り込んだ。

 慌てて清次他連中も自身の車へ走り出す。
 一人が叫んで、清次が応えた。

「取り合えず幹部は土坂だッ! エボYのウイング無しと、Xを見つけ次第連絡しろッ! 情報を集めろッ!」

 張り裂けるようなエンジン音をさせて、20台近くのランエボが走り出す。
 栃木から埼玉へ、尋常でない殺気を漂わす、先頭の漆黒の車を懸命に残りのランエボが追う。

「ちッ……清次の奴、こういう時には鼻が利きやがる……」

 ステアリングを握る腕は力こぶが隆としている。
 シフトは乱暴にチェンジされ、京一のエボVが苛立たしげにバックファイアを噴いた。



「――――ああ……もうすぐ上がるよ、いいって!」

 ねじり鉢巻きをしたイカツイ男は、煌めく汗も爽やかに笑顔で笑いかける。

 ここ――――埼玉のとある商店街にある、とある魚屋では。

 看板娘とは程遠い男が店先で、にこやかに手早く接客をし、魚を並べたり包んだりしていた。

 気の良いこの男はたまにこの店を手伝う。本職は別に持つが実家がこの店を営む。

 岩永鮮魚店の長男、岩永繁である。

「ちょっと! 繁、アンタ今日は和巳ちゃんと山じゃないのかい?」

「ああ、今日は行くよ、和巳が待ってるし」

 恥ずかしそうに、嬉しそうに店奥からの声に応えながら。

「怪我? 大丈夫だよ、ちょっと見た目悪いけど」

 土坂峠でプロジェクトDとのバトル後の乱闘。
 和巳が痛い目に遭うなら自分がと。
 繁はまだ痛む節々に、イカツイ顔に残る痣に、毛一筋さえ後悔は無かった。



 埼玉の幹線道路を走る、栃木のランエボのワンメイクチーム、エンペラー。
 皇帝と言われる須藤京一を先頭に、数台が爆音を轟かせて走る。

 その京一のエボVが突然に指示器を出した。
 少し広い道路の左側により、路肩にハザードを付けて停車する。

 後方のランエボ達も慌てて遵する。

 京一の車がゆっくりと動き出し、何かを探すように緩やかに走り出すと、とあるパーキング駐車場に入っていった。

 ランエボ達も後に倣う。
駐車場に停まったエボVから、少し赤い顔をして口元を手で抑えた京一が降りてきた。

「京一ッ! どうしたんだよッ? この辺はまだ土坂じゃねえぜ?」

 清次が慌ててエボWを停車させて、駆け下りる。

「……わかってる、この辺に店はあるか?」

「は? 店?」

 清次の間抜けな言葉に、京一は言いにくそうに言った。

「美味い魚を売ってる店だ」

 ? ? ? が清次の顔に過ぎていくが。そこはNO'2である。
 京一の意図は置いておいて、目的だけに頭を向けた。

「ああ〜えっと、そこを左に行けば、すぐに商店街があって、そこに魚屋があるんだけどよ……」

 気まずそうな、しかめっ面で京一が清次を見つめている。

「……いや、この間、そこの信号んとこで婆さん助けてよ、おぶってったら商店街の方に案内されて、そこにあったんだけどよ」

 清次の話しによると。
 親戚の店を訪ねようと、この辺りに車を停めて歩いていると幹線道路上の歩道の段差でよろめいて、車道に倒れかけた老人女性をすんでのところで助けたということであった。
 足を少しばかり痛めた、その老人女性を家まで背負って送っていったとの事だった。
 商店街に入ると、件の魚屋の店員がそれを見つけ、事情を聞いて。
 その店員に偉く感謝されたとの事だった。

「ふん……なるほど、美味いのかそこは」

 京一の目はいつに無く「正確に答えろ」と威圧しているようだが。
 清次は記憶がはっきり甦ってきたのか、饒舌に話し出した。

「おお、その魚屋の奴が気のいい奴で偉い感謝してくれてな、婆さんを助けてくれた礼にって、魚くれたんだけど美味かったぜ!」

「……なるほどな……わかった」

 そして京一が背を向けて、歩き出そうとして。
 清次の声が京一に向かってかけられた。

「京一ィ、案内しようか?」

 京一の元に行こうとして当の京一に阻止された。
 振り返った顔が何やら赤い。

「いや、いい……」

 そこで「なんでだ?」と、聞いてはいけないのを清次は察した。

「……何でもねぇ……ッ……すぐ戻る!」

「京一ィ! 確か、岩永鮮魚店って言ったと思うぜ!」

 頷き、手を挙げた京一だが、何だかいつもと様子が違うさまに疑問を抱きながらも。
 清次は足早く歩き出した京一を見送った。



 夕闇も過ぎた商店街は、ほとんどが閉店していた。
 たまたま客が続いた岩永鮮魚店は、まだ灯りをつけて店閉まいをしていた。

「――――……すまない……もう閉まいか……?」

 下を向いて、氷を片していた繁の耳に飛込んだ低く渋いバリトン。

 顔を上げると、佇んでいたのは一人の背の高い軍人のような男。

 黒のなめした革ブルゾンにTシャツ、カーゴパンツに軍ブーツ。
 頭に巻いたバンダナが一層軍人らしく。

 そして尚軍人らしい、厳しい灰褐色の双眸に、彫りの深い日本人離れした顔立ち。

 庶民的なここ商店街の風景には全く異質な、繁は珍しい客の姿に、ポカンとして立っていた。



「―――――……奉書焼き?」

 怪訝に尋ねる軍人なような男に、繁はスズキを包みながらにこやかに話す。

「ええ簡単だし、見映えもいいですよ」

「繁ちゃん、顔に偉い判子もらってからに〜」

 思慮深げに考え込んでいた男の横を、老人女性が近付き、繁に話しかけてきた。

「松田の婆ちゃん、大丈夫だよ! ありがと! 婆ちゃんこそ大丈夫? 親切な人に助けて貰って良かったよね!!」

 老人女性に自身の顔の青あざを指差して、もう片方の掌をブンブンと振る。

「おお〜髪を尻尾にしたゴツイ男じゃったが、おぶってまで貰ってなあ、ほんに親切になあ〜、ありがたや、ありがたや〜じゃ」

 黙していた男はやりとりを静かに聞きながら。
 話に心当たりがあるのか、少し笑みを浮かべていた。

「うん、とっても善い人だったよね! 世の中捨てたもんじゃないね、じゃあ婆ちゃん気をつけてね!」

「はいよ〜」

 老人女性はにこにこと去っていき、繁は笑顔で手を振る。
 黙って聞いていた男がチラリと顔を上げ、繁に話しかけた。

「―――奉書ってな、何なんだ?」

 繁は、ああ……という顔をして口を開いた。

「和紙……みたいなもんなんですが……あッちょっと待ってくださいね!」

 え? と振り向く男を置いて、繁は斜め前のもう閉店した店舗に走り出した。

「すいませんッ! ――――田中さんッ! じいちゃん、ちょっとッ!」

 シャッターが半分閉まりかけた硝子サッシの扉を叩く。
 男が片眉を単純に上げて、突然の行動に出た繁を驚きながら見遣る。

「何だい? 岩永さんちの、繁くん、どうしたんだい?」

 中から初老の御爺さんが出てくると、繁は何やら笑いながら、質素な店舗兼住宅の奥に入っていった。

 そして暫くすると、にこやかに礼を言いながら手に何かを持って店から出てきた。

「すいません、お待たせしちゃって!」

 佇む男の前まで駆け出すと、手にしていた丁寧に丸めた包みを差し出した。

「――――――?」

 疑問を顔に繁を見つめると、繁は頭を掻きながら笑った。

「奉書なんですがね。そこの爺ちゃん、習字が趣味だから貰ってきちゃいました」

 驚きを顔に男が遠慮しそうな態度を見せかけたとき

「いや遠慮なしですよ、お客さんのいい人に喜んでもらえれば」

男にスズキに合う料理法は無いか? と聞かれたときに、繁はちょっとした質問をした。

 律儀に答えた男の話の内容を察するに、男は料理が苦手ではないが、洋風を主に得意とするらしい。
 だが、今夜は美味い魚を和風で食べたいと所望する客人が来るとのこと。
 そして接客歴も長い繁には何となくわかった。

 それは男の大切な人であると。

 強面の中に魚を見つめる男に浮かぶ、微かな優しげな彩。
 繁にも心当たりがある、大有りである。

 美味いものを食べさせてやりたい、喜ぶ顔がみたい。
 そういう時の買い物は慎重ながら、楽しいのだ。

 そして選んだ「奉書焼き」は見栄えも味も申し分はないだろうと。

「―――――……すまねぇ……いや、ありがとう……」

 男は奉書の支払いも申し出たが、繁は笑顔で断った。

「さしでがましいが……」

 素直に? となっている繁の顔を見つめ、男は言いにくそうに話し出した。

「冷やしたあとは、温めた方が治りが早いぞ……」

 男の指が自身の頬あたりを指差していた。

「ああ! すいません、見苦しかったですか?」

 繁は顔を赤くして笑顔で答えた。

「いや……そうじゃないが……痛々しいな」

 男も片眉を上げて苦笑する。

「勲章なんですよ、俺の大事な花を守った勲章なんです!」

 照れながら語る繁の言葉から、男は何となく察した。
 花――――――大事な誰かを、そういった危険から守ったと言う事か、と。

 その気持ちは男にも良く理解できた。
 自身が生涯大切にしている花は、命を懸けても守りたいものだと。

 そしてその花とは今夜―――――あの夜以来、暫くぶりに逢う事になった

「なるほど……そりゃあ男の勲章だな」

 男の言葉に真っ赤になって照れながら。

「いや、ありがとうございます!」

 繁の後悔など欠片もなく、あまつさえ誇らしげな言葉は男の耳に爽やかに響いた。



 峠の夜を迎えた和巳は自身のエボYの中にいた。
 車の中で思慮深げに遠くを見つめている。

 あの――――プロジェクトDとのバトル以来、和巳は久しぶりに土坂峠に来た。

 以前なら、それこそ暇を見つけては峠を攻めて。
 働いて働いて、やっと買えたランエボを駆るのが楽しくて。

 またパーツ代やチューン代、それこそハイオクで高価であるガソリン代に四苦八苦しながらも。
 手足のように動くようになる、いや、憧れのランエボに相応なドライバーになっていく自分が嬉しくて、同じランエボを駆る幼馴染の繁とともに、

「―――――……マジ、オナニー覚えたての猿みたいに走ったな……」

 呟きも楽しそうながら。
 茶色の色素が薄い目を細めて。
 和巳は立てていたサイドブレーキを倒した。



京一と和己

*LANCER Evolution-DEGIDOG's Image song
[THE MAD CAPSULE MARKETS:MIDI SURF]


2008.3/14 to mifuyu sama


[MENU]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -