小説 | ナノ


▼ 貴方の名字の判子を手にいれました。

大吾さんに品田さんからの連絡があって出掛けたのが朝。
「なまえちゃん、ちょっと借りたいんだけどいいかな?」なんて言われたとやれやれと力なく笑う。
「付き合ってやってくれ」と優しく頭を撫でられてしまえば頷く事しか出来ない。

「分かった」
「ただし、終わったら連絡しろよ?」
「ふふ、何の心配してるの?」

大吾の言葉に思わずクスクスと笑ってしまう。
「…辰雄なら、心配はねぇとは思うけど」なんて呟きつつ私の腕を優しく掴み引き寄せた大吾は包み込むように抱き締めてキスをしてくれた。

「大丈夫、私は品田さんには興味ないもの」
「ククッ…まぁ、そうだよな」

私の言葉に大吾は目を丸くして目を細めてから小さく笑った。

「ほら、遅くなっちゃうよ?」
「あぁ、そうだったな。……行ってきます」

大吾を見送ってから準備しなきゃと慌てて取りかかり、部屋を出た。
待ち合わせした場所にはもう品田さんが立っていて。
「遅くなってごめんなさい!」と駆け寄った私に「そんな慌てなくて大丈夫だから!」と笑って答えてくれる。

「今日は何処に行くんですか?」
「ちょっとプレゼントあげたい子がいてね。なまえちゃんの意見を参考にしようかなって!」

照れくさそうに笑う品田さんに「私でお役にたてるなら」と笑顔で返す。

「にしても、名古屋から此方に来るの大変じゃなかったですか?」
「あぁ、ちょっと疲れちゃったけど、大丈夫。」
「それなら、良かったです」

微笑んで言う私に「なまえちゃんはいい子だなぁー」なんてニコニコしながら言う品田さん。
「ありがとうございます」と素直にお礼を言って笑顔を見せれば「いいのいいの!」と品田さんも笑ってくれた。

「あ、此処なんだ」

お店について楽しそうに商品を見ている品田さんを見ていたら、大吾も私へのプレゼントを探す時はこういう顔してるのかななんて思い微笑ましくなってしまう。
「どうかした?」なんて微笑んで来る品田さんに「なんでもないですよ」と伝えた後、一緒にプレゼントを探した。





「今日はありがとう!」

お店を何件か回った後良いものが見つかりそれを購入した品田さんは見つかった安堵からか安心したように笑って、私に頭を下げてからお礼を伝えてくれる。
役に立てたのが凄く嬉しくて私も満面の笑みで品田さんに笑いかけた。

「良いんです。気に入ったの見つかって安心しました!」
「なまえちゃんのおかげだね!」
「そんな事ないですよ。品田さんが相手の方を思って選んだ物なんですから」

私の言葉に照れたように笑った品田さん。
その後直ぐに「そうだ」と言葉にして私を真っ直ぐに見つめた後小首を傾げる。

「今日付き合ってくれたお礼、させてほしいんだ。何か欲しいものある?」
「そんな気使わなくて大丈夫ですよ」
「俺がしたいの!駄目、かな?」

シュンと少し落ち込んだような表情を浮かべる品田さんに私は微かに困ったような笑みを浮かべた後「特に欲しいものないんです」と伝える。

「んー…そうかぁ…」
「すみません、折角言ってくれたのに」

申し訳なくなって謝ると、慌てたように手を少し上げて横に降る品田さん。

「いいのいい…あ!そうだ!」
「……?」
「着いてきて?」

微笑んで言う品田さんに急かされるように歩き着いた先は判子屋さん。
頭の上にクエスチョンマークを掲げたままの私の背中をそっと押して中に入ると回りを見渡している品田さんにそっと問いかける。

「あの、何を探してるんですか?」
「んー…あ、あった」

手に取った判子を見るとそこには堂島の文字。
私は思わず目を丸くすると会計に向かう品田さんを慌てて止める。

「まっ、待ってください」
「え?なんで?あって不便なものじゃないでしょ?」
「え、使わないですしっ」
「良いから良いから。いつか使うかも知れないから持っておきなよ」

半ば強引に購入してしまった品田さんに思わず苦笑を浮かべつつ見ている。
ただ品田さんから出た、いつか、という言葉に少し引っ掛かりつつ「はい!」と笑顔で差し出してくる品田さんにお礼を伝えて受け取った。

「今日はありがとう、なまえちゃん」
「此方こそありがとうございました。プレゼント頂いた上に家まで送っていただいちゃって…」

申し訳なくてそう伝えた私に首を横に振りつつ「良いの良いの」と笑った後、「堂島くんによろしくね!」と手を振って去っていく。
背中が見えなくなるまで見送った後、私は家に入った。

「……この判子、どうしよう…」

プレゼントされたのは良いけれど、使い道がない。
それでも大吾と同じ名字が書かれた判子は凄く嬉しくて、笑みが溢れてしまう。

「あ、ご飯作らなきゃ」

判子を眺めていたが、フと我に返った私は今日は大吾の好きな物を作ろうと考えつつ、判子をそっと閉まって動き出した。





「ただいま」
「あ、おかえりなさい!」

帰ってきた大吾に微笑み、作り終えた料理をテーブルへと並べる。
「美味そうだな」と微笑む大吾に「今日は奮発しちゃった」と笑いかけた。

「なんだ、良いことでもあった?」
「ん?んーん、特には」
「そうか。辰雄との買い物はどうだったんだ?」
「あ、あのね…」

大吾の言葉に少しドキリとしつつ今日あった話をする。
ただし、判子の事は言い出せなかったのだけれど。
「プレゼント見つかって良かったな」と微笑みつつ頭を撫でてくれる大吾の手にすり寄りながら私は「うん!」と頷いて大吾と同じように微笑んだ。

「風呂行ってくる」
「うん、いってらっしゃい!」

お風呂に入りに行った大吾を見送って日課にしている日記を取り出して書く。
書き終わった後、フと判子の事を思い出して終い込んだ判子を取り出すとジッと眺める。

「…使い道は無いけど」

どの位眺めたか分からない。
30秒程だったと自分では思っているけれども。
その判子を透明な袋から出して朱肉を取り出した。
蓋を開けて押し付けるとインクがつく判子。
それをそっと日記の下の所へ押し付けて離した。

「…なんか、大吾が押したみたいになってる」

思わず溢れた笑み。
それだけでも今は凄く嬉しくて、心が暖かくなった。

「……押す機会もないし、このまま日記に押し続けても良いかも」

それは欲なのか、願いなのかは分からない。
自己満足だけれど今はそれだけでも凄く幸せだと口許を緩めて私は笑った。
大吾がお風呂から出てくる前にそそくさと判子を閉まって隠す必要はないのだけれど見つからさそうな場所に終い込んで立ち上がる。

「なまえ?」
「ん?どうしたの?」
「いや、何でもない。風呂入ってこいよ」
「うん、ありがとう。入ってくるね!」

内心判子を見られなくてホッとしたのかもしれない。
微笑んで言うと「いってらっしゃい」と口づけてくれる大吾に口づけ返してからお風呂へと向かった。
出てきた後に大吾の様子を伺うも、変わった様子がない。
見つかってないなとホッとしつつ大吾に近づき抱きついた。

「大吾ー…暑い」
「くっついたら余計に暑いだろ」
「いいのっ…大吾にこうしてるの好きだから…」
「ククッ…可愛い事言ってくれるじゃないか」

嬉しそうにする大吾にすり寄ると大吾は嬉しそうに笑ってくれてその日は休む事にした。
寝室に抱っこで運ばれた私は、見つかる前に判子の事を言い出さなきゃと考えつつ眠気に負けて大吾の腕の中で眠りについた。





数日後、何か探し物をしている大吾を朝から見かけて小首を傾げてから近づく。
何を探しているのかと問いかける間もなく気づいてしまった。
そこ、そこは判子が入っているところ…!
少し慌てて側に行き、何を探しているのかと聞く。

「インクの替えを何処にやったかなって…」
「インクの替え?あれ何処かで見た気がするけど…」

何処で見たっけ?と考えつつ探す。
内心はインクの事よりも判子の事が気がかりで思い出せない。
それでも探していると「ん?」なんて大吾から聞こえて思わず振り返った。

「どうかした?」

大吾に問いかけながら内心ドキドキしていて。
振り返った大吾の手には私がしまっておいた判子を持っていた。

「俺こんな所に判子置いておいたか…?」

判子を眺めながら不思議そうに小首を傾げる大吾。
これは言わなきゃいけないと「大吾」と名前を呼ぶと大吾の瞳が私を真っ直ぐと見ている。

「あ、あのね…」

ゆっくりと話し出す私の話を黙って聞く大吾。
品田さんからのプレゼントという所以外は納得したようだったけれど。
うつ向いている私の頭をそっと撫でた大吾は抱きしめてくれる。
それからお互いに黙り込んでいたが先に声を出したのは大吾の方だった。

「その判子、これからも、使いたいか?」
「…うん…使い、たい」

目線を合わせて言う大吾に真っ直ぐと見つめて言った私。
そんな私を見て微かに目を細めた大吾だったがゆっくりと離れて何処かから箱を持ってくるとまた私の前に座った。

「そ、その…」
「??」
「……結婚、しようなまえ」
「っ…!?」

驚く私の前に差し出されたのは持ってきた箱。
ゆっくりと蓋を開けるとそこには指輪が入っていて大吾が指輪を手にした。
私の左手を握り薬指へと指輪をはめると大吾は何処か照れくさそうに笑った。

「…いつ言おうか迷ってたんだが…。きっかけが、こんな形で、悪い」
「ううん、ありがとう。凄く、嬉しいよっ」

少しばつが悪そうに言う大吾にそんな事無いと首を横に振る。
私は思わず嬉しくてポロポロと涙を流しながら泣いてしまった。
その涙を指で払った大吾は何度もキスをくれて。
その口づけて落ち着いた私は泣き止み大吾と見つめ合うと思わず照れくさそうに笑ってしまう。

「それで」
「うん」
「…返事、は?」
「…もちろん、喜んでお受けします」

私の言葉に嬉しそうに笑った大吾はいつもよりもっと幸せそうな笑みを浮かべて私を強く抱きしめた。
少しだけ痛いけれど今はいいかな、なんて微かに笑いつつ大吾の背中に手を回して胸に顔を埋める。
この後大吾は「愛してる」と口にして幸せそうに笑った。

後日、両方の親に挨拶を済ませた私達が向かった場所。
とんとん拍子で話は進み此処まで来た。
二人の目の前にあるのは婚約届け。
最初に書いたのは大吾で。
書き終わった大吾は私にペンを差し出して微笑んでいる。
そのペンを受け取って私は自分の名前を書いた。

「…これで夫婦だね、大吾」
「あぁ…これからも頼むぞ?」
「ふふ、もちろんだよ。…私はずっと、貴方を支えるから」

私の答えに大吾は満足そうに笑う。
照れくさそうに「俺だって、支えるし、幸せにするから」なんて言葉にして私の手を取ると先に歩いていく大吾に愛しさが増してゆく。

こんな幸せで良いのかななんて考えながら私は大吾の手を握り返して隣に立ち共に歩みだした。


end

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