センタクシ

何事においても世間一般の基準値から1ミリたりともズレない自分を、心底つまらない人間だと思っていた。
勉強は人よりも出来た方だったけれど、この偏差値70超えの進学校では下位の成績にしかならなかった。
容姿にしても、これほどまでに”普通”という表現の似合う顔が存在するのだろうか?と妙な自信すら湧く平坦なパーツばかり。
もちろん格別にスタイルが良い訳でもなければグラマラスな身体を持っているわけでもなく、かと言って華奢で小さい訳でもない。
つまるところ私は、無個性なのだ。
どこを取っても、まるでお手本のような……いや、”お手本”と言うと聞こえがよすぎる。
相応しい言葉を選ぶならば、”例”。
まるで教科書の例題や例文のような特徴しか持ち合わせていない。
なんとつまらない人間なのかと物心ついた頃には自嘲していたから、この極められた平凡ぶりは生まれついてのものに違いない。
まさに筋金入りの凡人。
そんな自分が、心底嫌いだった。








「あのさ、浅野クンには遠慮ってモンがないの?すっげー邪魔なんだけど。」

「その言葉はそっくりそのまま君に返そう。邪魔だ赤羽。」









しかし、今となってはそんな「無個性的な私」が心底愛おしい。
なんと平凡で穏やかな生活だったろうか。あの日々は。
毎回友人と登校し、授業を受け、お弁当を食べ、部活をして帰宅する。
このような騒擾に巻き込まれることもなく、後ろ指を差されることもなく、のんびりと楽しみにしている音楽番組の話などをしながら進む家路は、刺激は無くとも穏やかな私の日常であった。
まさかそれが、こうまで跡形もなく失われてしまおうとは。










そもそもの始まりは、3年生に進級したことであった。
学年が一つあがったと同時に、あれほど恐れ慄いていた事態が現実のものとなってしまった。
3年E組ーーー、いわゆる「エンドのE組」への転落。
もともと校内では確かに下位の成績であったし、覚悟はしていた。
しかし、やはり隔離校舎を目の当たりにすると精神的苦痛も一層現実味を増す。
しかもその上、E組所属となった瞬間に本校舎の友人は消えた。メールすらもはや届かない。
それに毎週楽しみにしている音楽番組を視聴などしようものなら、家族からも白い目を向けられるのだから堪ったものではない。
極め付けはあのいやに図体のデカい黄色い怪物との暗殺ごっこである。
防衛省だの殺し屋だの、人工知能の転校生だの元触手人間だの、そんなビックリ人間たちとクラスを同じくする羽目になるなどと一体誰が想像し得ただろうか。
しかし、私がどれほど嫌だと叫ぼうと、毎日スクールバッグに潜ませるようになった特殊ナイフが私を非日常の住人に仕立て上げてしまう。
愛おしい平凡な日々と無個性な私は、喧騒だらけの毎日の中で音も立てずに消し飛んでいった。












「みょうじさん、こんな野蛮な人間は放っておいて僕と勉強しよう。図書館の座席は確保してある。」

「は?何言ってんの浅野クン。なまえは俺とモスで勉強するんだって。ねー?なまえ。」








そして、現在進行で私を間に挟んで言い争いを続ける2人のイケメンも、私を非日常の住人たらしめるビックリ人間である。
校内順位・全国模試共に1位の天才児浅野学秀に、E組が誇る天才的暗殺者の赤羽カルマ。
本来ならば、2人とも私のような凡人がお近づきになれるような人間ではない。
むしろ、彼らから見れば私など極限に影の薄い背景と同化した女生徒でしかないだろうから、今現在繰り広げられているみょうじなまえ争奪戦はイレギュラー中のイレギュラー。
一体どうしてこうなったのだか、頭を抱えるばかりである。






「みょうじさん、国語が苦手だそうだね。僕でよければ教えるよ。」

「なまえは浅野クンじゃ嫌だってさ、」

「赤羽、君にみょうじさんの意思を歪曲する権利はないはずだが?」

「歪曲?オレはストレートになまえの意思を伝えたつもりだけど?」

「ああもう!カルマくんも浅野くんもやめてよ!!」






このままでは埒があかない!と2人の仲裁に入ったが、当の本人たちは私の懇願などどこ吹く風でバチバチと火花を散らしている。
少女マンガなんかでは「私の為に喧嘩しないで!」「…分かったよ」「お前が言うなら…」という一連の流れが王道中の王道だが、所詮あれは二時限の世界に限った話であるとつくづく思い知った。
……いや、そもそもの世界構造以前にこの2人に問題があるのかもしれない。
浅野くんもカルマくんも、少女マンガに登場するようなタイプではないだろうから。(死神を介した黒いノートを巡る権謀術数ストーリーに登場しそうではあるが)









「渚、何とかしてよ……」

「…もう諦めた方が早いんじゃない?」









とうてい付き合ってられない、とばかりに頭を振った渚は、続けて「いっそどちらか選べば?」などと無責任な答弁を続ける。
冗談じゃない。私はカルマくんにも浅野くんにも異性的関心を抱いたことなど一度も、一度たりともないというのに。そう口にすれば、彼は苦笑いをしながら口さがなく罵倒を続ける2人へ手をやった。







「もったいないよ。2人ともあんなに優良物件なのに。」

「あそこまで他人を貶めることに全力投球してる人間が優良物件なの…!?」

「あれはほら、なまえのことを思えばこそだから……2人ともかっこいいし。」








確かに2人がかっこいいのは認めるが、もし仮に私のことを思ってくれているのならば口喧嘩をやめてくれはしないだろうか……。
むしろ、私はこの諍いに楔を打った人間と放課後を過ごしたい気分であった。
カルマくんだろうが浅野くんだろうが渚だろうが、いっそ面識もない通行人であろうが構わない。
頼むから誰か、この不毛な私争奪戦を終わらせてほしい。
しかしそう都合よく彼らの罵倒大会に水を差してくれる通行人が現るわけもなく、2人のやりとりは激化の一途を辿っていた。







「なまえ〜、オレとモス行くよね?今日は特別に奢ってあげる。」

「みょうじさん、何なら僕の家に行こう。ちょうど昨日、ケーキをいただいたばかりでね。」







遂に食い物で釣りにかかったか!
突っ込んでやろうにも私が口を開く前に手を握られてしまい、喉の奥までせり上がった言葉がスルスルと胃へ落ちてゆく。
と同時に、いやにドギマギしてしまうのだからどうしようもない!
右手にカルマくん、左手には浅野くん。
決して2人とも好きではない、好きではないが、こうも熱っぽく見つめられては私とて胸が疼いてしまう。
見目良い人間は本当に卑怯だ。
この錯覚的な胸の高鳴りをどうしようか。
両サイドをイケメンには挟まれあたふたするしかない私を、渚の哀れみの視線が貫いた。







「な、渚…!」

「……じゃあ僕はこれで。バイバイみんな。」

「じゃあね〜、渚くん。」

「ちょちょちょ、ちょっと!渚!!」

「さあ、彼が気を遣って席を外してくれたんだ。行こうみょうじさん。」

「は?なまえは俺と行くんだってば。」









シレッと私を見捨てて駅の方角へ歩き出した渚の背に「人でなし!」と叫んでやったが、彼に与えた影響はといえば、鞄からイヤホンを取りださせたに過ぎなかった。
完全に私たちをシャットアウトする気らしい。イヤホンを装着した渚は、足取り軽く曲がり角へと消えていった。







「……もう渚は信用しない……」








ぽつりとつぶやいた私の消え入りそうな声が、ゆらりゆらりと空気に溶ける。
私の両手は、この先も結末を迎えることのない諍いを暗示するように未だしっかりと2人によって掴まれたままであった。




















どっちか、選んで?











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