「はぁ……浅野くんちょうかっこよかった……。」

「はいはい、かっこよくて良かったね。」

「次に会えるのは一ヶ月後の全校集会か……さみしいな〜。」

「そう気を落としなさんな。一ヶ月くらいすぐだよ。」







全校集会も終わって、すぐのこと。
中村ちゃんはそう言うけれど、わたしにとって一ヶ月は長い。
また長い間お預けなのか……未練がましく全校集会の終わった体育館を振り返る。
もう大半の生徒は退出しているけれど、生徒会の人たちは集会後の後片付けをしているはずだ。
もちろん、その中には浅野くんもいるはずで。



「集会の後片付けしてる浅野くんも見て行きたかったな〜。」

「なーに馬鹿なこと言ってんの。あたし達はさっさと教室に戻らなきゃ6時間目に間に合わないよ。」

「分かってるってば、言ってみただけ。」






うう…いいなあ。本校舎の女の子たちはゆっくりしてても6時間目に余裕で間に合うから、体育館の前で浅野くんの出待ちできるんだよね。
体育館の傍から浅野くんをチラチラ眺めてきゃあきゃあと歓声を上げる女の子たちを横目に盗み見る。
どの子も、瞳から真っ赤なハートとピンク色の惚気をたくさん飛ばしていた。
ぐっ……!
羨ましいぞ、ちょっとムカつくぞ……。
そんな女の子たちの様子を見て無意識的に喉の奥から飛び出たため息に、中村ちゃんはバシバシとわたしの頭を叩いた。
「なに柄にもなく落ち込んでんの」
「元気だしなー」
「あんたは元気だけが取り柄なんだからさあ」
ちょっとひどいけど、中村ちゃんの励ましはいつもこう。
慰めてくれるだけ中村ちゃんは優しい。(カルマくんなんか前に「勝ち目ないんだから諦めたら?」と真顔で言い放ってきた。すごくひどい。)






「ちょっと落ち込んで喉渇いたかも……」

「あー、あたしも冷たいもの欲しい。名前、パシリじゃんけんしよっか。」

「いいよ、わたしが勝ったらミルクティーね。」

「ん、私が勝ったらコーラだからね。」

「「最初はグー、じゃーんけーん、」」















チョキと、グー。
中村ちゃんに勝負をけしかけられた時はすっかり忘れていたけれど、そういえばわたしはこういうじゃんけんで今までに一度も彼女に勝ったことがない。
それは今回も、やっぱりというか予想通りというか。





「はい、コーラよろしくね〜!」

「くっ、なんでわたし中村ちゃんに勝てないのかな!?いつも負けてるよね!?」

「あんたじゃんけんすると初手は絶対チョキなんだよ。」

「えっ!?そうだったの!?」

「はいはい、さっさとコーラ買ってきてねえ」

「くそー!!絶対に次は負けないからね!」







中村ちゃんから預かった110円を握りしめて本校舎の自販機へ走る。
まさか自分のじゃんけんの初手が固定だったなんて気がつかなかった。
これからはチョキを出さないように気をつけよう。
……ん?ということは、中村ちゃんは確実に勝てる勝負をわたしに持ちかけたってこと?
パタパタ、…パタ。思わず足を止めた。
ギラギラ、まだ夏にはなりきっていないけれど、5月の陽気はわたしの肌をジリジリと灼いていく。
つうっ、と額を流れた汗と同時に、悔しさが噴き出した。
く、くそう!中村ちゃんにまたハメられた!
わたしが彼女にこんなささやかな意地悪をされるのはいつものことだけれど、だからこそいつも同じような手に引っかかる自分に腹が立つ。どんだけ馬鹿なのわたしは…!
早く中村ちゃんのとこに帰って、仕返ししてやろう。
そう心に誓って、また走り出した。











「えーっと、中村ちゃんはコーラ……あれ、0カロリーと普通のとどっちがいいんだろ……普通のでいっか。太れ!太ってしまえ!」





運良く誰も居なかった自販機の前。(ここに本校舎の人がたくさんいたりなんかしたら、わたしはすごく居づらい思いをしたに違いない。)
ぴっ、普通のコーラのボタンを押せば、勢いよく缶が転がり落ちてくる。
それを拾い上げて裏面の商品情報でカロリーを確認した。
ふふん、1本あたり151kcalか。
今から中村ちゃんにこれだけのカロリーが加わるんだ。ざまあみろ!
あの細い脚も、今にわたしの太腿と同じくらいの太さになるに違いない。
ニヤリとほくそ笑んで、自分は涼しい顔でカロリーオフのミルクティーのボタンを押した。
ガコン!0kcalのミルクティーが転がり落ちる。
ひょいっと2缶を抱えて、鼻歌を歌いながら隔離校舎へ戻るべくきた道を戻った。
背後からわたしに近づく足音にも気付かずに。












「……名字さん、だよね?」

「?……え、!?」

「元園芸部の名字名前さん、だよね?」














振り返れば奴がいる。





そんな言葉をどこかで聞いたことがあったけれど、まさかこんな状態で思い出すなんて。
思考停止…って、もしかしてこういう状態を言うんだろうか。
ただただ目を見開いて相手の姿を映しとることしかできない。
わたしの目の前でにこにこと爽やかな笑みを浮かべる高身長の男子生徒……この学校の生徒なら誰もが知っている生徒会長、浅野学秀その人である。






「は、………?」







あんまりびっくりしたせいで脳が働かない。
まるで話し方も忘れちゃったみたいな……咄嗟に声が出ない。すごく困る。
どういうわけだか知らないけれど、月に一度の全校集会で穴が空くほど見つめまくっていた相手がこんな近くに居るのに。
何か言いたい、話したい。
よく分からないけど、これはきっと神様がくれたチャンスだ。
何か……何でもいい。今日のやけに暑い天気の話でも、葉桜に変わったそこの木の話でも、何でもいいから……!
浅野くんは、変わらずに爽やかなオーラを醸し出しながらにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべている。
はあぁ……立ち姿まできれい……カッコイイ……。
遠くから見ても心臓が破裂しちゃうくらい素敵なのに、こんな至近距離で見たら浅野くんの周りにキラキラが散ってるよ……!
ぱくぱく、口を開いてなんとか声を出そうとする。
けれど努力もむなしく、口から出るのは掠れた言葉の破片だけ。
わたしの喉の奥に滞留した音符は外の世界に飛び出してくれない。







「君を探していたんだ。話したいことがあってね。」

「うえっ、えっ、あの、」

「急な話で悪いんだけどね、単刀直入に言うと、君に本校舎の花壇の世話を頼みたい。」

「う、え、(花壇……?)」

「園芸部が廃部になったんだ。部長がね、直々に廃部申請書を僕のところに持ってきたよ……彼らでは、花壇の維持ができずに植物を枯らしてしまったらしい。」








突然始まった浅野くんの話は、ちょっとうまく飲み込めなかった。
本校舎の花壇……2年までは園芸部の部長だったわたしが指揮をとって世話していた、あのだだっ広い庭のこと。
あそこは学校の方針で珍しい植物だったり、見映えのする派手な花がたくさん植わっているから、普通の庭に比べると世話が難しいのは確か。
けれど……だからって、園芸部のみんなが植物を枯らしてしまっただなんて信じらんない……。
わたしの後を任せた部長だって熱意のない人じゃなかった。
きっと彼ならうまくやってくれるって、そう思ったから部長を任せたんだ。
なのに、植物が枯れた上に廃部って!






「元はと言えば……君が園芸部にいれば、E組に落ちなければ、彼らも部活をたたむ羽目にはならなかったのにね。」

「(え、どういうこと?わたしがE組落ちしたせいで、園芸部が廃部になったってこと?)」

「だからというわけじゃないけど、どちらにせよあの花壇を維持できるのは、今や君だけなんだよ。あそこの植物は、一般生徒の手に負えるものじゃないのは知っているだろう?」

「……、」

「もちろん、強制する気はないよ。ただ……君の力を貸してもらえたら、こんなに心強いことはないんだけど。」

「…あ、あの…」

「それに、大したことは出来ないけれど…お礼に勉強を教えることくらいはできるよ。」

「(何それすごく嬉しい。)」

「E組の君には、いい条件じゃないかな?」

「(ん…?もしかして馬鹿にされてる…?)」

「どうだろう、やってくれるよね?」







この数分、こんなに頭をフル回転させたのは初めてなんじゃないかと思うくらいにわたしの小さな脳は稼働していた。
びゅんびゅん、星をまき散らしながら回っている音が聞こえるような気さえする。
目の前には、憧れの浅野くん。
それに初夏の青い空と、葉を揺らすぬるい風。
園芸部の廃部と、本校舎の花壇。
まるで、地球の全ての生物がわたしと浅野くんを残して静止したみたいな、そんな感覚にわたしの頭はオーバーヒート直前だった。
脳内では星と一緒に小さな火花まで飛んでいる、どーする?どーしよう?
何も言えないわたしに、浅野くんはきれいな笑みを崩さないまま。






「何か言いたいことでもある?」







言いたいこと?
そんなの、たくさんあるよ。
園芸部が廃部とか意味わかんないし、花壇の花が枯れたなんて信じたくないし、遠回しにわたしがE組落ちしたせいになってるのも説明してほしいし、それに、なんだろう、なんとなく脅されてる?ような気がするのはわたしの気のせいかな?とか。でも、何より一番浅野くんに言いたいのは。






「あ、あの、わたし……ちょっと、話がよく分かってないとこあるし、園芸部が廃部とか、花壇の花が枯れたとか、わたしがE組に行ったせい、?みたくなってるのも、納得……というか、飲み込めて、ない。あの、だから、わたし、混乱してて……。」







ずっとずっとずっと、大好きで憧れてて、でもなかなか会えなくて、本校舎に入ることすらできなくて、けどやっぱり好きで、とにかく好きで、本校舎の女の子にちょっとムカついちゃうくらい、誰よりも、何よりも、好きで、だからとにかく、何て言っていいか分かんないけど、あれ?っていうか、今まで何の話してたっけ?
花壇…?が何だっけ、え?園芸部の廃部の話だっけ?いや、わたしがE組落ちしたせいで……何だっけ。あれ?忘れちゃった。
………………いいや!言っちゃえ!!
パチン!その瞬間に弾けたわたしの脳内宇宙。








「あ、あのね!わたし、頭がいまわーっ、てなってるから、変なこと言うけど、あの、あのね!ッ浅野くん、だいすき!!!」

「は、!?」







勢いよくコンクリートの地面を蹴って、目の前の浅野くんにジャンプ!
スローモーションに落ちてゆく感覚と、変わらず揺れてばかりの不安定な世界観。
むぎゅう。着地した浅野くんの胸、背中に両腕を回した。
その瞬間に、手に持っていたコーラとミルクティーの缶は地面に落下。
コーラとミルクティーの犠牲のたまものか、ほんのり温かな体温と色素の薄い髪の先からのくすぐるようないい香りがわたしを包む。







「とにかくすきです!!」







頭上の木が初夏の陽のひかりに照らされて、葉脈が透けて見える。
甘さたっぷりのコーラと無糖のミルクティーは、一部がベコリと凹んでわたしの足下に転がっていた。







2015.0308 加筆修正














(恋は決闘です。もし右を見たり左を見たりしていたら敗北です。)


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