ここ最近、僕は大いに苛ついている。











そもそもの事の発端は、園芸部が廃部申請を出したことだった。
全ての部活動の発足に生徒会の許可印が必要であることは周知の事実だが、実は廃部にも生徒会の許可印が必要だと校則には明記されている。
僕が生徒会長になってからーーというより、ここ数年間は廃部になった部活動など無かったため、園芸部の部長が廃部申請書を携えて生徒会室に踏み込んで来た際には不覚にも面食らってしまった。まさかこの春の時期に早々に廃部とは、こちらも予測していない。
多少驚きはしたものの、当該生徒を椅子に座らせ廃部の原因を問えば「正面玄関の花壇の世話ができない」と。



これもまた一般には知られていないが、椚ヶ丘中学校正面玄関のあの広大な花壇は、園芸部の管轄になっている。
何でも代々あの花壇を維持するのが園芸部の伝統となっているらしく、歴代の部長が中心となって広大な土地と貴重な植物を有する花壇を常に美しい状態に保つのだ。
しかし、目の前の気弱そうな男子生徒は見ているこちらが可哀想になるほどに萎縮して、「僕たちには、花壇を世話できません。」などと言う。
確かに思い返してみれば、ここ最近は花壇に空白が目立つようになっていた。
花壇の空白、つまりはその場所を埋めていた植物が枯れたのだろう。




これは、僕たち生徒会としても放っては置けない問題だった。
正面玄関の花壇は、学校の顔だ。
学校の敷地に客人が入った時、真っ先に目にするのがあの花壇。
だからこそ、あそこには貴重で美しい植物を植えるように学校側から指示されている。
その花壇に空白が生まれることなど、あってはならない。
それはすなわち、名門椚ヶ丘の名に傷をつけることに直結する。





しかも、彼は本来の部長ではないという。
何でも、2年の夏に先輩から指名された正当な部長は女子だったそうだが、なんと彼女は3年に上がると同時にE組へ落とされたらしい。
E組行き、つまり部活動も強制退部。
そんなこんなで部長が居なくなった園芸部は、大慌てで別の部長ーつまり彼だがーを立てたというわけだ。
しかし、正当な部長を欠いた彼らにはどう足掻いても花壇を維持できなかった。
「花壇を維持できず、学校に申し訳が立たないから廃部にしたい」
とどのつまり、彼ら園芸部の主張はこんなところだった。








これには僕らも閉口した。
彼らが廃部すると言う以上、その申請を聞き入れない訳にはいかない。
しかし、そうなれば「誰が正面玄関の花壇を手入れするのか」という新たな問題が浮上する。
園芸部に維持できなかった花壇を一般生徒が世話できるはずもなく、美化委員に任せるという策は不発に終わった。
そして当然、あの花壇は僕たち生徒会が面倒を見きれるシロモノでもない。
業者を呼ぶにも校内予算は全て他の部活動や同好会に割り振っているし、だいたい花壇のあの広大さでは予算が嵩むに決まっている。
八方塞がりとはまさにこのこと。
園芸部が持ち込んだこの花壇維持問題は、ここ数週間、僕をイラつかせるに足り得る一大懸案であった。









「浅野くん、今日の全校集会のスケジュール。」

「ああ、ありがとう、蓮。」






だが、このふざけた問題に悩まされるのも今日で最後だ。
今日の全校集会、これが終わったと同時にこの問題にも幕を引く。
蓮から受け取った全校集会のスケジュールをしまった瞬間に、ファイルの後方からちらりと顔を覗かせた生徒調査書のコピー。
今日、確実に、この元園芸部部長の女子を捕らえて生徒会の支配下に置く。
生徒調査書に添付された当該生徒のへらりとした顔写真に余計に腹立ちが増すのも、今日限りだ。








集会の準備のため一般生徒よりも早くに体育館へ足を踏み入れると、E組の面々はすでに集合していた。
未だ整列するには早いと踏んでか、各々が友人と話をしたりなどしている。
その雑多に散っている様に、眉根に皺が寄るのを感じた。
もともとE組に対して思うところがあるわけではないが、これではあの女生徒を見つけづらい。
さっさと整列しろゴミクズ共が。
無意識の罵倒が心内を満たした。







「浅野、あそこ……E組の連中。」

「そうだね……瀬尾、全校集会の進行は頼んだよ。僕は壇上から彼女を探す。」

「浅野くん、名前と顔は大丈夫?」

「大丈夫じゃないわけないだろ。生徒調査書も職員室でコピーを取らせてもらったし、準備は万端だよ。」







3年E組の名字名前。
園芸部が廃部となった一因は彼女のE組行きにあるわけだが、この際それはどうでもいい。
どちらにせよ、現在あの花壇を手入れできるのはこいつだけなのだ。
こうなってしまえば、相手がE組に所属している事実は事を運びやすくする。
彼女はE組にいる限り、A組の僕には逆らえない。









「存分に有効活用してやるよ、名字名前。」










ファイル越しに見えた生徒調査書。
証明写真の彼女は、変わらずに頭の軽そうな笑みを浮かべていた。










( まず生き、それから深く思索せよ。)


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