ホットロッド!

クラスの女の子たちの話題は専ら、甘いお菓子や流行りのファッション、人気のアイドルや気になる男子のこと。
そんなキラキラした宝石みたいな話題のタネが、砂糖菓子みたいな彼女たちの日常には散らばっている。
ふわふわのぬいぐるみ、ハートのイヤリング、フリルのスカートに、チョコレートのケーキ。
ふんわりと優しい香りを漂わせる女の子は、みんなティアラを被ったお姫様なのだ。
一部、例外有りという書き留めはあるけれども。











今日も今日とて、ジムで汗を流して1日が終わろうとしていた。
フラフラとスパーリングで疲弊した身体を引きずるように帰路につく夕暮れはいつも通り。
制服を着ているので辛うじてスカートではあるものの、足元はスニーカーに、両手に巻かれた晒し、そして制服の上に羽織ったジャージ。
キックボクシングなんてやっているから女の子らしくならないのだと母は言うけれど、今更わたしが可愛らしい格好をしたとて、似合わないと一笑に付されるのは目に見えている。
悲しいかな、「男勝りの名字名前」という強固なイメージは、そうそう簡単に拭いされるものではないのだ。




「ただいま。」

「おかえり名前。学秀くんが来てるから早く部屋に上がってあげて。」







帰宅して聞かされた母の言葉に、私は頭にクエスチョンマークを乱立させた。
なぜ学秀が?こんな時間に?首を傾げる私に、母から「あなたに貸したノートに不備があったからって、わざわざ訂正に来てくれたの」と補足が入る。
相変わらず、マメな奴だ。
彼は私の幼馴染だが、時にこうして私にノートを貸してくれたり勉強を教えてくれたりする。
A組の、というより校内生徒の頂点に君臨している学秀からしてみれば、本校舎最下層の私などはE組の面々とさして認識は変わらないのだろうが、お情けで幼馴染という免罪符を貼ってもらっている。
なんだかんだで彼は情に厚いのだ。私のように古くからの友人(であると願いたい)には熾烈になり切れない部分がある……そういう、無意識な気遣いが私を密かに喜ばせていると彼は知らないに違いない。
「お待たせしちゃ可哀想よ、せっかく学秀くんが来ているのに」と後ろで騒ぎ立てる母に適当な返事をして、階段へと足をかけた。
何となく、学秀と2人で部屋で会うことが気恥ずかしくなったことを母はまだ知らない。










「学秀?………ッ、!」





自室の扉を開けたと同時に勢いよく繰り出された長い脚。
瞬時に退き、何だ何だと前方を確認する間もない。
脚はなおも体制を立て直し、真っ直ぐに私の胴体を狙って、左側から回し蹴りを繰り出してくる。
咄嗟にガードするも、それすら読んでいたというように、手薄になった右横ーーー来る、ミドルキック!
その後は、もう脊髄反射だった。
相手の脚を左手でガード。
本来ならそこで留めておくべきだったのだが、生憎とスパーリングを終えて帰ってきたばかりだったせいで戦闘本能に未だ火が燻っていたのか、無意識に右脚を振り上げていた。
バシン!衝撃音が響く。






「……客にハイキックとは、相変わらずだな。」


「人が扉を開けた瞬間にミドル決めてきたあんたにだけ言われたくないんだけど。」






すんでのところで攻撃をガードした学秀は、やれやれと軽く私の脚を弾いた。
これ以上、彼を攻撃する必要もないので大人しく振り上げた脚を下ろす。
しかし無意識かつ突然のミドルキックに混乱していたとはいえ、米神を狙っていた自分に寒気がした。
狙った箇所からみて、無意識状態の私は完全に彼の意識をオトす気だったらしい。
これでは学秀から「相変わらず」と評されても反論はできないな、と自分でも納得してしまった。







「ところで、悪かったね。貸したノートに不備があった。訂正するよ。」

「わざわざありがと。そのくらい、メールで済ませてくれても良かったのに。」

「相手が君だからな、きちんと訂正しないと意味を履き違えないか不安だ。」

「つまり私を馬鹿にしてるわけね。」








ジト目で学秀を見遣ると、それの何がいけないんだとばかりに鼻で笑った。
非常に腹が立つが、これもいつものことなので反応はしない、してはいけない。
こちらが反撃に出たところで学秀が面白がるだけだ。





「ここ、スペルが間違っていた。正しくはlではなくrだ。」

「あー……なるほど……ありがとう、わたしも勘違いするとこだった。」






机からシャープペンシルを手に取ってノートを書き換えようとすると、やんわりと学秀に阻止された。
どうやら、彼自ら訂正してくれるらしい。
サラサラとlとrを書き換える学秀の指は細くて長かった。
ふと自分の指と見比べようとするも、指に晒しを巻いていたので比べようがない。
いいなあ、と率直に思う。
女の私よりもはるかに美しい指。
頭と顔が良いだけでなく、こいつは手まで完璧なのか。
綺麗な指の持ち主に自分の傷だらけの腕を見られるのが恥ずかしくなり、何気なく右腕を彼から隠す。
その瞬間に、手に持っていたシャープペンシルがカシャンと音を立てて落下した。







「落ちたよ……、?」

「ありが……何?」






落ちたシャープペンシルを拾ってくれたはいいものの、こちらへ渡そうとせずにしげしげとそれを見ている学秀。
な、何なんだ。何か文句でもあるのか。
報復が怖いので思えど口には出さず、ただひたすらシャープペンシルを見つめる学秀に視線を送り続ける。
すると、彼は少し経ってからようやっとシャープペンシルから視線を外し、私を見据えた。







「ずいぶん可愛らしいものを使っているんだな。まさか君がピンクのシャープペンシルとは。」

「やかましいわ。」







彼からひったくるようにしてシャープペンシルを奪い返す。
確かにこのピンク色にハートのついたシャープペンシルは男勝りの私にはそぐわない物かもしれないが、わざわざ口に出さなくてもいいだろう。
どんな物を使っていようと私の勝手だ。
嘲笑うのは結構だが、せめて私の聞こえないところでやってはくれないものか。
むすっとした表情を隠す気もなく、学秀を恨めしげな目で見てやる。
しかし強気な態度とは裏腹に、ベッドサイドに置かれた大きなリボンをつけたクマのぬいぐるみを今すぐ隠したい衝動に駆られた。






「別に、からかったわけじゃない。君を本気で怒らせると拳が飛んでくると経験から知っているからね。」

「む、昔の話でしょ!もう殴ったりしないってば!」

「意外だが、君もこういうのが好きなんだな。」







さりげなく私の反論を無視した学秀の瞳が、私の部屋を隅々まで見ている。
ピンクとハートのシャープペンシル、ベッドサイドのクマ、窓際の小さな香水瓶、オレンジと花柄のベッドカバー……多くはないけれど、それでも頑張って隠してきたわずかな女の子らしい品々が彼に看破されたようで、ひどく居心地が悪い。
家族にもバレないように、さりげなく置いていた私の小さな秘密たちがどんどん溢れて、露わにされていく。
母や友人は騙せても、学秀は誤魔化せない。
きっと、今に全部馬鹿にされてしまう。







「……へえ、」

「な、なに……どうせ似合わないとか気持ち悪いとか思ってんでしょ。いいよ、ハッキリ言ってくれて。私も自覚してるし。」

「いや?別に。」

「殴ったりしないから、ハッキリ言ってよ。その方が、私も吹っ切れるし……」






いい加減、この辺りが限度かなあとは思っていた。
15にもなって格闘技一筋で生きている私だ、そろそろ腹をくくってこういう乙女趣味は捨てるべきだと薄々感じてはいたのだ。
学秀にバレたのがいい区切り。
きっぱり諦めてしまいたい。
何か言ってよ、そう促すとこちらを真っ直ぐ射抜く学秀の眼。
そして何やら少し考えるようなそぶりをした後に、彼はおもむろに口を開いた。






「……可愛い、と思う。」

「どれが?クマ?香水瓶?」

「この流れでどうしてそんな答えが出るんだ。名前のことだよ。」

「は、」

「……前々から思ってはいたが、君はいちいち卑屈になりすぎじゃないか?自分のことを可愛くないただの暴力女だと思っているだろう。」

「だって、それは、周りも認めるところじゃない。」

「そうだな、確かに周りは君を男勝りの暴力装置だと考えている輩が大半だろう。ただし全員というわけじゃない。」







ボスン、花柄のベッドカバーに包まれたベッドに学秀がやや乱暴に腰掛ける。
くいくいと手招きをされて、私も混乱を抱えたまま彼の隣に腰掛けた。
カサカサと制服のシャツの上から羽織ったジャージの袖が軽い音を立てる。


「君は、そこそこ可愛いだろ。」

「え、」

「照れたら殴ってくる所とか、」

「だ、だからもう殴らな…!」

「一生懸命な所とか、」

「……。」

「試合に負けると毎回泣く所とか、」

「う、知ってたの…!」

「周りからのイメージを気にしてる所とか、」

「……。」

「こっそりピンクのシャープペンシルを使ってる所とか。」

「あああ、恥ずかしいからもういい……!」








耐えきれずに手で顔を覆うと、隣で学秀が笑った気配がした。
見れば、やはり口元を手で軽く隠してくつくつと肩を震わせている。
こ、この野郎!もう手は出さないと言ったにも関わらず、肩をバシンバシンと殴ってやった。
くそ、何なんだ!なぜ私ばかりこんな思いを!
続けて肩を打っていれば「もう殴らないんじゃなかったのか?」と、ひょいっと右手を捉えられて攻撃は一時中断。







「やっぱり可愛いよ。」

「う、うるさい!からかわないでよ!」

「からかってないと何度言ったら分かるんだか……相変わらず物分かりは悪いね。」









ぎゅう、捕らわれた右手に気を取られている隙に、学秀の右手が私の腰に回って引き寄せられる。
ひい!と情けない声を出せば、うるさいとたしなめられた。
な、な、何だこの妙な雰囲気は。
未だ嘗て私と学秀の間にこんなフラグは無かったはずだ。
焦る私を気にかけず、学秀は変わらずに満足気な笑みを浮かべて私の頭をガシガシと撫でる…いや、叩く?








「君、気づいてなかっただろう。」

「な、何に?」

「……僕は、普通ならたかだかlとrのスペルミスを直接訪問して正したりしない。」

「ちょ、ちょっと待ってよ、ねえ、それ…」






私だってこれでも一応女の子だ。
一部例外付きの、その例外であろうともお姫様に憧れる女の子の一員だ。
ここは経験の差か、照れる様子もなくこちらを意地悪く眺めている学秀に引っ張られ、彼のわりに広い胸元にダイブする。
文句を言う暇も無く顎に学秀の綺麗な指が添えられた。
カチリとかち合う視線。
いやまさかそんな、脳内でピンクと赤のハート型をした警鐘がリンリンリン!とうるさく鳴っている。
柔らかい何か、サラサラと流れる学秀の髪、呼吸と共に一時停止した心臓。
そして、一部始終を見ていたリボンをつけたクマ。









「じゃあ、また明日。7時に迎えに来る。」









颯爽と部屋から出て行った学秀と残されたメッセージに、どうしていいのやら分からない。恥ずかしさやら困惑やら、嬉しさも、はたまたよく分からない怒りすらもあったりして。



「う、嘘でしょう……!」





カタン、扉の閉まる音と同時に、クマを抱き締めた。













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