夜行性






・殺せんせー暗殺が成功した世界
・浅野学秀(25) 職業:椚ヶ丘学園数学教師
という酷いif設定となっております。
以上が許せる方のみどうぞ。
























3年A組名字名前。
成績はさほど悪い方ではなく、むしろかなり良い方だが、あまり目立ちたがらずに教室ではひっそりと本などを読んで静かに過ごしている。
成績の良さがそのまま校内での地位に繋がる進学校には珍しく、何か意見を求められても微笑を浮かべるだけで、常に影であろうとする。
しかしそれも、彼女の本質を覆う隠れ蓑であったらしい。
まさか、こんな一面を隠し持っていようとは。
学校での大人しい彼女の様子が脳裏に浮かんでは泡のように消えてゆく。
とにかく、早く引き取りにいかなければ。
クソ、と何に対する罵倒なんだか自分でも把握できない舌打ちが漏れた。








「浅野先生……?」





不思議そうに首を傾げる可憐な少女の姿は、この建物の中ではいやに不釣り合いだった。
彼女の隣に立っていた中年のスーツの男は厄介なものでも見るような目で名字を睨んでいるが、すんなりと本人に無視されているのだからたまったものではないだろう。
警察に補導されているというのに、まるで自分の立場を弁えていない生徒の姿に、無意識に手を額へやっていた。




「あなたが、この子の担任の先生で?」

「はい、この度はうちの名字がご迷惑をおかけいたしました。」

「浅野先生が謝らなくても……」

「いいから黙って君も頭を下げろ。」

「はい…」




変わらずぼんやりしている名字の頭を掴み下げさせるも、本人からまるで反省する兆しを感じられないのだからしようがない。
相手の警察官も彼女相手に本気になってもあまり意味を成さないと悟ったのか、何とかして自らの怒りを鎮めようと躍起になっているような表情を浮かべていた。
もう夜の帳も下りようかという宵の時間から女子中学生1人にイライラさせられたのでは、彼も可哀想だ。
この苦労の多そうな警察官と、自分の姿を重ねてしまい、密かにため息を吐く。
しかしながら、隣の名字は以前として何も考えていないかのように窓の外を見ていた。
「もう暗くなりましたね…」などと言いながら。












「正直に答えてもらおう、援助交際は初めてではないね?」

「援交じゃありません。ただ友達に遊んでもらってただけです。」

「なら質問を変えよう、一回りも二回りも歳の離れた男と仲睦まじく遊んだのは初めてではないね?」

「言い方が嫌味ったらしい……」





無事に何のお咎めもなく釈放されたが、ここで名字を「気をつけて帰るように、また明日。」と離してはやれない。
仮にも僕は教師だ。
そして誰が何と言おうと、名字は僕の生徒。
彼女の異常な問題を知っておきながら野放しにする訳にはいかない。
署から出てすぐに車に乗せて学校へ連行し、僕ら以外には誰もいない数学科準備室のデスクに座らせて彼女から事情を聞き出す。
しかし、やはり警察署でもぼやぼやしていただけあってか、場が変われども彼女の態度に変化はない。





「初めてではない、そうだね?」

「……はい、最近は何度か。」

「その”友達”と行為に及んだことはあるのか。」

「浅野先生、それセクハラ…」

「真面目に聞いてるんだよ、名字。」








相手は中学生だ、怒鳴るな、僕はまだ待てる。
先ほどの警察官から学んだが、名字相手にイラついてはこちらの負けだ。
忍耐強く、あくまで冷静に「なぜこのような非行に走るのか?」を解き明かさねばならない。
じっ、と彼女の目を見つめて答えるよう促すと、ようやく観念したのか、少々面倒くさそうな素振りを見せながらも口を開いた。



「性行為に及んだことはありません。ただ会って、カラオケ行ったりボーリングしたり、ゴハン食べたりするだけ。」

「金銭を受け取ったことは?」

「現金でもらったことはないです。ただ遊んでる最中に欲しいもの買ってもらったりはするけど。」

「どうしてこんなことを、」





ふっ、と窓の外へ視線を向けて、「もどかしいから」とだけ呟く。
続けて、「学校は好きだけど、たまに面倒になるんです。」と。
頬杖をついた横顔を、三日月の光がぼんやりと照らす。
つられて窓へ視線をやれば、外の世界は完全な暗闇に支配されていた。




「面倒、とは?」

「自分でも分かりません。でも、いきなりクラスメイトと話したり、姿を見るのがすごく嫌になるんです。いじめられたりしてるわけでもないのに。」







何も見えていないような薄暗い瞳に三日月の光が反射する。
そこでようやく、自分が準備室の明かりもつけずに名字から事情聴取をしていたのだと気がついた。
何を焦っているんだ、と自戒の意味を込めて掌を握る。
たとえ、自分が目をかけている優秀な生徒が道を踏み外しかけていようとも。
僕が焦ってもどうにもならない。
まずは、名字の軌道を修正しなければ。
パチン、という軽い音と共に蛍光灯に明かりがともる。
それでもなお、彼女の視線は窓の外へ逃避を続けていた。







「……気にしているのかい?この間の模試のこと。」








先月の全国統一模試。
彼女は、中学に上がって初めて大きく順位を落とした。
もともと、成績優秀とはいえ校内でも一位を取るような子ではないので、全国模試でもトップ50に入るのが精一杯。
原因は他教科に比べて極端に数学に弱いことなのだが、今回の件と直接関係のある話ではないので置いておく。
とにかく、全国模試で常に二桁に留まっていた彼女だが、先月の模試では大きく順位を落とし、3桁…100位を下回ってしまった。
こんなことは今までに無かったことで、職員室でも「まさか名字があんな順位を取るとは」と、ちょっとした話題になったのだ。
今にして思えば、模試の成績表を返却した時の彼女の瞳も、仄暗い沼の底のようにどんよりと濁っていたような気がした。









「模試の件は、気にしなくていい。君がいつも頑張っているのはよく知っているから。」

「……頑張ってるだけじゃ、何にもならないじゃないですか。」

「それでも、援助交際に沈むよりは生産的だ。」

「……。」

「僕は、こう見えても君を買ってるんだ。学年1位の生徒より、全国模試1位の生徒よりも。」

「……。」








それっきり、名字は何も言わなかった。
ただじっと、何かに耐えるようにスカートの裾を強く握って俯いている。
泣いているのではないか、そう脳裏によぎったが、それをいちいち確認するのも野暮だ。
ただ何も語らず、彼女の頭部を見つめる。
昨今は体罰だのセクハラだのと教育界にクレームの嵐が吹き荒れているせいで、生徒の身体に心安く触れられなくなっているが、今日くらいはいいだろう。特例中の特例なのだから。






「僕は名字の順位を戻すためなら、いつまでも付き合ってやる。朝も昼休みも放課後も休日も、ずっとだ。」

「………、」







ぽん、と名字の頭に手を乗せる。
すると、ぎゅう、と音がしそうなくらいに名字のスカートに皺がよった。
ふるふると小刻みに震え、先ほどまでは押し殺していたのか、微かに嗚咽が漏れる。







「僕に、付いてこられるね?」








涙に濡れた聞き取り辛い言葉が肯定を示す。
本格化した彼女の嗚咽とスカートの皺。
その両方に目を向けて「……まったく、」などとつぶやいてみたが、正直な話をすると名字の涙に一番安心しているのは、僕だった。










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