発禁処分



*浅野学秀がすごく変態くさい。




















ふんわりとした春色のワンピースは、今日この日のために新しく下ろした私のお気に入り。
それに、手首にはシンプルだけれどピンクの花びらのチャームが可愛いブレスレット。
春だからって少し浮かれすぎかな?とは思ったけれど、仕方ないじゃない。
浅野くんのお家に初めてお邪魔するんだもん。
いつもは勉強ばかりだけれど、今日くらいはお洒落してみたかったの。









「……、」









だけど、私は早くも浅野くんのお部屋にお邪魔したことを後悔している。
全てもの原因は、私の手の中で圧倒的な存在感を放っている古ぼけた雑誌。
まさかこんなものを見つけてしまうだなんて、夢にも思わなかった。
ベッドの下のわずかな隙間から何かがはみ出ていたから、プリントかな?と引き抜いたらコレだ。
私だって、ベッドの下は一般に言う「エロ本隠しスポット」だと知ってはいたけれど、でもだって!あの浅野くんが典型的な場所に隠すだなんて思わないじゃない!
きっと彼なら私なんかじゃ思いもつかないような場所にー……って、そもそも浅野くんがこんないかがわしい本を持っていること自体、普通は予測できないよ…。






引っ張り出したはいいものの、扱いに困って未だに私の手の中に収まっているエロほ…雑誌を、親の仇でも見るかのような瞳で睨む。
表紙にはショッキングピンクの「緊縛!セーラー服と秘密の補習授業!」の太文字と、極限まで短くしたスカートに胸元をさらけ出したセーラー服の女性。(すごく美人だ…わたしなんかとは到底比べ物にならない)
……もしかして浅野くん、こういうグラマラスな女の人が好きなのかなあ。
自分の貧相な胸元に手をやって、ため息を一つ。
浅野くんの興味がこの雑誌の人に逸れつつあるのは、私に魅力がないからに他ならない。
それは分かっているけれど、どうしたってこのモデルさん?女優さん?への恨みは募る。
何よ……そんないかがわしいカッコで浅野くんを誘惑してるの?この、泥棒猫!
小説なんかで読んで知ってはいたけれど、現実には使ったことのなかった罵倒を浴びせてやった。
それでも、そんな私を気にする素振りもなく変わらずにセクシーポーズをとり続ける女の人。







「わ、わたし負けない……!」

「何に?」

「わあ!あ、浅野くん……!」








何を驚いているんだい?と怪訝な目を向けながら小テーブルに飲み物を置いた浅野くん。
綺麗な色のコップに注がれたオレンジジュースからは柑橘の良い香りが立ち込める。
いい匂い…とオレンジジュースに気を取られそうになりながらも、サッと雑誌を背後に隠した。
ダメだ、これを見つけたことが浅野くんにバレてはいけない。何となくだけど、悪いことが起きるような気がするもの……!
むぎゅう、とさらに雑誌を背後に押しやった。







「オレンジジュースで良かった?」

「うん、ありがとう。」

「どういたしまして。」






わーい、と無理にテンションを上げてオレンジジュースを口にする。
む、この味は果汁100%に違いない。
さすが浅野くんのお家だなあ。うちじゃこんなに上等なオレンジジュースは常備してないもの。
とにかく頭の中を出された飲み物でいっぱいにすることであの卑猥な雑誌の件を忘却しようとするも、そうは問屋が卸さなかった。
どんなにオレンジジュースや浅野くんに意識を向けても、さっきから雑誌を隠した背後が気になって仕方ない。
ダラダラ、冷や汗が私の背を伝う。








「そういや、さっきは何に対抗心を燃やしていたんだい?」

「え、?いや、それは……その、」








ギクッ。
今の私に擬音をつけるとすればそんな音。
分かりやすく狼狽え出した私に何か勘付いたのか、浅野くんの表情が柔らかい微笑を崩して悪どい顔に変わる。
これは……浅野くんがE組の人たちに意地悪する時によく見る顔だ……!
覚悟した、もう逃れられないと。
A組に在籍してると言ったって、私なんかただ人より少し勉強ができるだけ。
E組の人たちみたいに浅野くんの追撃を躱す力はない。







「後ろに何か隠してるね?」

「い、いや、あのっ、これはね…深い事情というか、ただ偶々見つけちゃったの……」

「ふぅん?」

「ほんとだよ、ワザと見つけたんじゃないよ!」

「で、何を隠してるんだ?」

「だ、だから……それは、その、」

「……ま、言わないならいいけどね。」

「?……………ッ、きゃああ!」

「ははは、これでもまだ黙秘を貫くかい?」


こしょこしょ、こしょこしょ、
浅野くんの綺麗な両手が私の脇腹をくすぐる。
くすぐりに極端に弱い私は、ひーひー言うしかない。
やめてやめて!と騒ぎ立てるも、浅野くんはまだあの悪い顔でニヤニヤするばかり。
私に慈悲を向ける気は全くないらしい。







「ひゃあ!やめてよぉ、くすぐったい…!」

「名前、後ろがお留守だが?」

「ッ、しまった!」

「さて、何を隠してたのかな……………、!」









しまった、見つかった……………!
さあああっ、と身体中から血の気が引いてゆく。
目の前には同じく青ざめている浅野くんと、そしてその手には例の「緊縛!セーラー服と秘密の補習授業!」、そしていやんあはんうふんなお姉さん。
さきほどまでの賑わいはどこへやら、シーン、と静かな沈黙が私を責める。
なんてものを見つけてしまったの!私は!
ばかじゃないの!私の!ばか!
あまりの居心地の悪さに自分を叱咤する作業に移行した。
申し訳ないけれど、今は浅野くんを気にかける余裕はない。








「……名前、その……君は、これがどういう類のものか知って…」

「知ってるっていうか、表紙からして明らか…だよ、ね…」

「…その、とりあえず弁解をさせて欲しい。」

「いっ、いいよ弁解なんて!!この年頃の男の子なら、こういうのに興味持って当然だし……!」

「いや、違う!……いや、違わないが、その、とにかく名前が思っているような用途で使っているわけではないんだ!」








よ、用途ってなに……!あの、いかがわしい雑誌をどう使うのか……って、そんなこと想像したくもないよ!
その時、なぜか去年同じクラスだった岡島くんが私の脳裏をよぎった。(本当に何故だか分からない)
なんだか嫌なものを思い出した(岡島くん、ごめんね)ような気がして、ぶんぶんと頭を振って意識を目の前の人間に戻す。
だいたい、浅野くんは何も私に謝る必要もなければ弁解する必要もないよね。浅野くんだって男の子だもん、そういう興味くらいあるよ。
滅多に見られない慌てたような表情で私の両肩を掴む浅野くんを、ぼんやりとどこか別の世界にいる人間のように視界に入れる。
本人は気にするのかもしれないけれど、私は怒ってないし……ちょっとショックだったけど、むしろ浅野くんの好みが分かったからこれからの参考にしようと思える。
だから、そんなに必死にならないでいいのに。







「浅野くん!」






がっしりと、今度は私が彼の肩を掴んだ。
まっすぐに浅野くんの瞳を見据えると、さきほどまでの弁明がピタリと止む。
あのね、と軽く前置きをおいて、深呼吸。
ゆっくりと口を開くと同時に、浅野くんの喉が上下した。







「私、貧乳だから浅野くんを視覚的に満足させられなかったんだよね……ごめんね、Aカップギリギリで……」

「えっ、Aカッ……いや、だから!僕は別に大きいのが好きだというわけでは……!」

「私、頑張るから!毎日豆乳飲むよ。あの雑誌のお姉さんみたいになれるように!」

「だから誤解だとーー」






そこまで言いかけて、浅野くんは額に手をやって深いため息をついた。
おずおずと彼の隣に寄って顔を除きこめば、チラッと視線を寄越される。
それが、あまりに熱っぽいような気がして思わず目線を逸らした。
な、なんだろ……どことなく、せくしーだったような。









「この雑誌は、瀬尾からもらったんだ。」

「へ、え……瀬尾くん、かあ。」

「……この表紙の女性、よく見れば名前に似ているだろう。」

「えっ……………!」







ぼぼぼっ、一気に全身に火が灯る。
私に似てる?こんなに美人で立派な胸を持ってる人が?
信じられない気持ちで浅野くんを見れば、彼もまた頬を軽く染めていた。
目元がよく似てる…と(彼らしくもなく)ぼそぼそと呟く。








「僕は…その、非常に言いにくいんだが、」

「いいよ、言って?」

「……………、女子の制服ならセーラー服が、好きだ。」

「セーラー服……?、あ!」






浅野くんの手の中にあった「緊縛!セーラー服と秘密の補習授業!」をハッとして奪うように自分の手中に収める。なるほどなるほど……浅野くんは、セーラー服の女の人が見たくてこの雑誌を持ってるのか……。ぱらぱらと雑誌をめくると、それはもう色々な型のセーラー服がたくさん。(そのいずれもみだらな格好で撮影されているけれど、もうその点には深くつっこまない。)
それに、中身のページの被写体もすべて表紙のお姉さんと同じだ。もしかしたら、このお姉さんとセーラー服の特集なのかもしれない。
適当に流し見をしているだけだが、色もたくさんあるしデザインもちょっと変わってたり、なかなか楽しい。(セーラー服だけを見ていれば、だけど)
わあ、このピンクとブラウンのセーラー服なんかはちょっと、可愛いかも……。



「椚ヶ丘はブレザーだから、名前のセーラー服は一生見られないだろう。」






それっきり、浅野くんは何も言わなくなってしまった。
かすかに俯いたまま、こちらに視線も向けてくれない。
やっぱり、この話題は彼にとって屈辱的なことだったんだろうか……。
ううん……そりゃあ、性癖?を暴露しちゃったんだもんね……いい気分はしないよね。
申し訳ないとは思っているんだけれど、それでも私は密かにこの雑誌騒動をラッキーだと思っている部分があった。
浅野くん、セーラー服が好きなんだ。
全国模試一位でも外国語が話せても喧嘩が強くても、周りと同じように好み、とかあるんだ……。








「ね、わたし豆乳飲まなくていい?」

「必要ない。」

「ふふ、良かった。じゃあ、豆乳飲まない代わりに…ちょっとだけセーラー服、検討しちゃおっかな。」

「!」

「妹が通ってる中学ね、セーラー服なの。借りてきて着てみようか?」








頼む、とたった一言。
それだけで、ホッと肩の力が抜けてしまった。
すっかり時間が経ってしまって、オレンジジュースの注がれたコップには水滴が多く張り付いている。
私の頭の中は、もう妹から夏服のセーラー服と冬服のセーラー服のどちらを借りようかということでいっぱいになってしまっていた。
ちょっと変態っぽいけれど……そこも含めて、すき。
普段は大人っぽくてかっこよくて、いつも私の世話を焼いてくれる浅野くん。
だけど今日は、ほんの少しだけ彼の核心に迫れたような気がした。



















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