永久凍土

スポットライトの強い光と、逃げ場のないステージが嫌いだった。
まるで私のひた隠しにしてきたものが丸裸にされて衆人環視の目に晒されているようで、もう二度とコンテストになど出たくないと人知れず涙を流したことも一度や二度ではない。
それでも、私はまだステージに立っている。
スポットライトを浴び続けている。
この世界から足を洗えないでいる。








「おめでとう!名前!」




ふわり、甘い香りと共にうす緑色の髪が揺れたかと思いきや、身体に軽い衝撃が走る。
私とさほど背丈や体格は変わらないけれど、助走をつけて走って飛び込んできたルチアを支えきれずに後ろへ数歩後退した。
天真爛漫な彼女はいつだってパワフルで、私はそのオーラに押されてばかり。




「ルチア……ありがとう、嬉しいよ。」

「いや〜、今日は清々しく負けたなあ。悔しいけど、名前に負けたなら納得できるよ。ほんと、おめでとう!」







ホウエンでコンテストに出ると、たいていはルチアが参加している。
彼女は今やホウエンのNo.1コンテストアイドルであるし、もちろん優勝を掻っ攫ってゆくことの方が多いのだけれど、時には今日のように、私が勝てる日もあるにはある。
それも3回に1回あるか無いか、というレベルなので自慢できた話ではないけれども。






「おじさまも今日のコンテストは見にくるって言ってたし、その辺探したらいるんじゃない?」







楽しそうな……というより、ニヤついたルチアの表情に、私は瞬時に身を固くした。
しかしそんな私の様子を気にかけることなく、告白だの結婚だのと彼女は1人でに話を飛躍させてゆく。
明るく賑やかなルチアのことは好きだが、こうして人の表情から感情を読み取る術に欠けているところはどうも頂けないと思う。
そんなルチアだからこそ、私のような腹に臓物を抱えているような人間と親しく付き合うことができるというメリットもあるのだろうが……。





「名前?おじさまを探しに行かないの?」




第三者たる彼女の目から見て、わたしとミクリさんがうまく行くように見えるのだろうか。













わたしはミクリさんが好きだ、それは大人しく認める。
しかし、その秘めた想いを口にするかどうかと言われると否定せざるを得ない。
ルチアにはひょんなことからバレてしまったが、これ以上はこの背伸びをした恋を巷間に撒き散らさないよう気を張っているのだ。
そんな私にルチアは「言わなきゃ伝わらないじゃない!」と憤慨するが、この気持ちは伝えてはならないのである。
私のような小娘がミクリさんに思いを寄せているなど笑止千万であるし、無礼にすら当たる。
ひどく歳の離れた男、それも相手が一定の地位を築いている場合の恋とは、そういうものだ。













「やあ、名前ちゃん。今日の演技は見事だったよ。優勝おめでとう。」

「ありがとうございます。ミクリさんに褒めていただけるなんて、光栄です。」









御厨さんは私が探しに行くまでもなく、自分から控え室に来てくださった。
わざわざ私に祝辞を述べるためだけに。
それは優勝したのが私だからと言うわけではなく、きっと私がルチアと仲の良い友人だからだろう。
それだけのことだ。けして自惚れてはいけない。
こんなに立派な人が自分の姪と同じ年頃の駆け出しのコーディネーターに好意など抱くはずがない。






「君のトドゼルガはいつ見ても美しい……ポケモンはトレーナーに似ると言うのは事実だと、君たちを見るたびに実感するよ。」

「なるほど、だからミクリさんのミロカロスも美しいのですね。」

「はは、名前ちゃん、こんな日まで私のご機嫌取りをしなくてもいいんだよ。今日の主役は君じゃないか。」






何があっても期待しないこと。
何があっても落ち込まないこと。
いつでも冷静でいること。
聞き分けの良い子供でいること。
これがこの恋を始めた時に、私が厳密に定めたルールだった。
このルールに失効期限は無い。
たとえ今日が「私が主役の日」であっても、期待してはいけない。浮かれてはいけない。ただルチアと仲の良い女の子に徹するべし。
もう一度、深く自分の胸に刻みつけた。






「そういえば、何時ごろからだったかな。名前ちゃんは、ポケモンの好みが変わったね。」

「そうですか?自分ではあまりそういう意識はなかったものですから」

「トドゼルガは昔から見ているけど、最近は氷タイプが多くなったね。持っていたイーブイも、グレイシアに進化させただろう。」






ふと、隣でおとなしく座っているトドゼルガの背を撫でた。
冷たい痛みが私の手のひらに突き刺さる。
彼らのこういう隙の無さ、そして澄んだこおりのような気高さが好きだった。
自分もこう在りたいと願った。
だから、かもしれない。
私がある時からこおりタイプに固執するようになったのは。








「氷は、私の思いを閉じ込めてくれるから…決して外に逃げないように。」








この思いも永久に凍ってしまえばいいのだ。
そうしたら、その氷でオブジェを作ろう。
美しい氷細工を大事にしまい込んで、このスポットライトのあたる舞台で生きていこう。




だからどうか、私の氷を溶かす人間が現れませんように。


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