⇒quiet
すう、と息を吸う音が、青い空に溶けた。
「…………あ、あー」
喉元に指を添え、声帯の確認。普段あまり使わないだけに、大事なときにひっくり返っては洒落にならないからだ。 制服のタイは曲がっていないか、スカートの長さは長すぎないか、短すぎないか。髪型は。 ロケーションは大丈夫。澄み渡る晴天だ。テラスから見下ろせる朱雀は今日も美しい。 それから再びナマエはくまなく身体チェックを始めた。 今日はナマエの人生を左右する、大事な日。ずっと後ろ姿だけを見守っていた彼に、想いを伝えるのだ。
全てのチェックを終えて、ナマエはしゃんと背筋を伸ばす。 タイミングよく、シュン、と魔法陣が誰かを運んだ音をあげたのがナマエの耳に入った。見えたのは朱を纏った黒髪の候補生。
「ごめん、ちょっと遅刻した」 「ううん、平気。……私の方こそごめんね、マキナくんにわざわざここまで来てもらっちゃって」
申し訳なさそうに後ろ髪をかくマキナにナマエは微笑んでみせた。鏡の前で特訓したのだ。それから、ふと真面目な顔。小さく息を吸って、どうにか動悸を抑えようと試みるが、大した効果もみられない。しかしナマエは覚悟を決めた。
「あ、あの。あのね、」 「うん?」 「わたし、マキナくんのことが前から好きだったの」 「…………ナマエが? オレを?」
少しの間目を丸くしてナマエを見つめても、マキナはいまいちナマエの言っていることを理解出来ていないようだった。指でナマエを指し、それから自分に向ける。 ナマエはこくこくと頷いて肯定を表した。また沈黙。ナマエは自分の心臓の音が相手に聞こえていやしないかと俯いてしまう。 やたら長く感じる数十秒の後、マキナが口を開く。何かを告げようと吸い込んだらしい息の音を聞いて、ナマエははっと顔を上げた。
それから、マキナはひどく簡単な言葉を落とす。
「ごめん」
「…………うん、そっか」
ナマエにとってはそれで充分な答えだった。「ナマエは一緒に0組に配属された大事な仲間としか思ってなかったから、突然そう言われてもイメージの変換が出来ないんだ」。マキナの言葉はナマエの脳を素通りしていった。
思考回路が頭を抱えたくなるくらいの勢いで意味もなく回る。気持ちが悪い。息がつまる。 血が指先から引いていくような感覚をナマエは覚えた。
「だから、その、今すぐとか、そういうのは、」 「…………っ」
思考がショート。 それから、
ブラックアウト。
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