「……んむぅ」
「なまえ、おはよう」
「イザナ兄さんー、おはよ」

寝呆け眼を擦りながらリビングに降りたら、イザナ兄さんが丁度わたしの分のトーストを用意してくれているところだった。

「わっありがとうイザナ兄さん!」
「なまえ、またこのくらいの時間になると思ったからな」
「えへへーごめん」

まったく、と笑うイザナ兄さん。わたしは椅子について、行儀よく「いただきまーす」をした。
しかし、半熟の目玉焼きにフォークをぐさりとやったところで、「なまえ!」と大きな声をかけられる。わたしは思い切り肩を跳ねさせてしまった。何事。

「なっ、マキ兄かあ。おはよ」
「何呑気にしてるんだよ、もう行く時間だろ!」
「ええっもうそんな時間なの?!」

わたしが半開きにしたままだったドアから半身だけ見せていたのは、きっちり制服を着た状態のマキ兄。

「置いてくぞ?」
「や、やだ! 待って、今食べ……んぐっ」
「マキナ、そんなに急かしてやるなよ。喉詰まらせたらどうする」
「兄さんはなまえに甘いんだ」
「お前も大概な」

トーストをがっつくのに必死だったわたしは兄さんとマキ兄の話を聞き取っている暇などない。女の子らしさとか今はどうでもいい。イザナ兄さんとマキ兄は家族だから今更気にしない。トーストを口に押し込みながら視線は兄の二人に向ける。
彼らはわたしと完全な兄妹ではない。だからといってまったく血が繋がっていないわけでもなかった。わたしのお父さんはイザナ兄さんとマキ兄のお父さん。それは合っている。しかし、繋がる血はその半分だけなのだ。二人の母は、わたしのお母さんではない。とどのつまり、わたしはお父さんの元浮気相手現妻の娘。イザナ兄さんとマキ兄の母は、今では行方も知れないという。
表面はごく普通の兄妹なのに、そんな関係。二人は、特にわたしと1つしか歳も違わないマキ兄はわたしのことを憎んでもいいくらいなのに、それどころか、必要以上に優しくしてくれる。周りからはよく「高校生になっても仲のいい兄妹」と持て囃される。だからわたしはつけあがってしまう。
いっそ、憎んでくれたら。半分だけの血。その曖昧な繋がりが憎い。

言い合う二人を眺めながらそんなどろどろとした感情を持て余していたのだが。

「にっ兄さん、ぎゅうにゅっ、うぐっ」
「だから言ったろ……」

案の定最後の一口を喉に詰まらせた。震える手を伸ばしたら、分かってましたとばかりにグラスが置かれる。流石兄さん気が利く! それをぐいっと飲み干して、「ごちそうさま!」と叫んで、自己最高速で二階へ駆け上がった。





「まってよー! ……ま、まーきーにー!!」
「なまえが寝坊なんかするからだろ、ほら急げ!」

そんなこと言ったって無理だ。そもそも足の長さが違う。マキ兄の一歩はわたしの二歩だ。つまりマキ兄が一歩走る度にわたしは二倍の労力を消費するわけでって今はそんなのどうでもいい。とにかく何も考えずに棒になりかけているこの足をひたすら前へ出さなくては。

「仕方ないな、ほら、手!」
「へ?」

もうしない。寝坊なんてしない、と心に誓ったところだったのだが、不意に頬に風を感じ、手首が引っ張られる痛みに目を丸くした。

「学校までもう少し頑張れ、なまえ」
「……う、うんっ」

その手を引いていたのは、マキ兄。ちょっと振り返ってわたしに笑いかける彼の姿に頬が熱をもってしまった。
ダメだよわたし、目の前で赤くなったら隠した気持ちがばれてしまう。

しかし、マキ兄が振り返ったのはやはり一瞬で、どうやら林檎なみに赤いであろうわたしの顔を見られることは免れたみたいだ。
通い慣れた道のはずなのに、何度も転びそうになった。しかしその度にマキ兄が振り返って一瞬スピードを緩めてくれる。

「……優しいなあ。優しすぎるよ」
「何か言ったか?!」
「ありがとうマキ兄って言ったの! あっまだギリギリ門開いてるみたい!」
「よし、ラストスパートだ」

もう生徒の波はなく、いたとしてもわたし達と同じく必死に駆け込もうとしている生徒だけ。マキ兄が手を引いてくれているとはいえ、わたしはもう限界だった。門に入ると同時に、何人かに抜かされていく。その度二度見をされた。なぜだろう、と考えたところで、繋がれた手を再認識した。
……もしかして、そういう風に見えるのかな。

「うおっマキナんだ〜! おはよ〜!」
「シンク!」

わたし達に並んだのは、栗色の髪を揺らす女の子。どうやらマキ兄と同級生のようだ。

「マキナんが遅刻なんて珍しいねぇ。ていうか〜その子、マキナんの彼女?」

「シンクちゃん、もしやお二人のジャマ?!」とかなんとか。よくも走りながらそんなに口を動かせるものだ、と一種の感心をしていたが、玄関まであと少しといったところでぱっと手を離された。

「いや、妹だよ、妹」
「ふうん? 仲がいいんだねぇ」
「そうか?」

マキ兄は誤魔化すように笑みを含んだ声でうやむやにした。下手に近い距離にいるから分かってしまう、もうその話題はやめてくれっていう空気。
わたしは、思わず足を止めてしまいそうになった。しかし鳴り響いたチャイムがわたし達を止めてはくれない。

「わわっやばぁ! 今のって……」
「先生が遅れてくることを願うしかないな」

なまえ、急げよ!
多分、マキ兄はそう言ったのだと思う。シンク、と言っていた彼女と並んで走るその背中に、今すぐ飛び付いてしまいたい衝動と戦うのに必死だったのだ。

足が動かない。遅刻は決定だ。頭の隅で思った。
しかしわたしの口は、ぽつりと何かを吐き出す。

「マキナ……好きなのに」





「なまえ、どうしたんだ? 早退したって聞いたけど、平気か」

ドアの向こうから声が聞こえる。
わたしはあの後、結局遅刻。しかも走り過ぎたからか何なのか、体育の途中貧血でぶっ倒れたのだ。遅刻したのも体調のせいということにされ、至急帰った方がいいと判断された。
「ありがとうマキ兄……」

貧血で意識がぼんやりするなか、ベッドから声を返した。

「ああ、起きてたのか。なまえの好きなプリン買ってきたけど」
「食べる……っ」

半身だけ起こせば、部屋に入ってきた制服のままのマキ兄がコンビニの袋からプリンを出してくれる。
わたしはプラスチックのスプーン片手にそれを頬張った。甘い。脳にじん、と響くような気がした。

「美味いか?」
「うん!」
「好きなものなら食べられるんだな」
「好きなものだもん」
「なんだそれ」

マキ兄がくしゃりと笑う。ああ、綺麗な笑顔だなって思う。半分くらいは似ているのだろうか。
あっという間になくなってしまった愛しのプリンの器を「ごちそうさまでした」って差し出したら、「お粗末様です」ってふざけながら器を受け取って、袋に戻してくれる。

「……大丈夫そうだな。心配した」

不意に伸びてきた大きな手に目を丸くした。ふわふわとわたしの頭を撫でられる。わたしの顔が性懲りもなく赤くなった。
しかし、それもこれもすべて体調のせいということにして、わたしは思い切ってマキ兄の背に手を回す。マキ兄はびくりと反射したようだったが、特に抵抗もしなかったので、そのままぎゅうぎゅう締め付けた。

「なまえ、いつまでもオレに甘えてちゃダメだ」
「マキ兄が優しいから、図に乗っちゃうんでしょ」
「可愛い妹だから仕方ないだろ」

マキ兄こそ、妹離れしてないじゃない。言おうとした言葉は押し込んだ。だって、して欲しくないもの。

「マキ兄、好き」
「……その呼び方だっていい加減に」
「嫌?」
「…………別に、嫌……ってわけじゃないけど、さ」
「ありがと、マキ兄」
「仕方ないな、なまえも」

小さな子をあやすみたいに、マキ兄がわたしの背を軽く叩く。

ずっとこうやって二人でいたい。
背中に回した腕が許されるのならば、いくらでも甘える妹を演じるから。マキナはそうやって仕方ない、を繰り返しているだけでいいよ。

憎くて堪らない中途半端な繋がりに依存してるのは、果たしてどちらなのだろう。

マキ兄とわたし
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