「僕たち、デートはどこに行ってたんだ?」
「二人でこっそり魔導院を抜けて、マクタイの町とか行ったの」
「いつも、僕たちは何をしてたんだ」
「なにも。ただ隣に並んだり、クリスタリウムで本読んだり。リフレにもたまに行ったよね、二人でこっそり端っこに座ったりしてさ」
「初めてのキスは?」
「私がちょっとしたことで落ち込んでたときに、エースが慰めるみたいにくれたのが最初だよ」


それから私は、よくクリスタリウムに足を運ぶことになった。
エースの姿を追ってならよくここには来ていたが、違うのは、講義が終わってから日が暮れるくらいまで、1人でこっそりとやって来ては本を読んでいること。


目的は、ラブストーリーを読みあさるため。
ベタなものから、死に別れる二人の話、はたまた身分違いの恋のはなしまで。
そういう様々な愛だか恋の形の話を読んで、私はエースと私の嘘を作り上げていったのだ。




03.嘘のかたち




「……どうして僕たち、会うのは夜ばかりなんだ」
「それは当然、みんなにバレないようにだよ」


月明かりのテラスで、二人ベンチに並んでいた。この時間に人がいないわけではない。隣接されたベンチにも勿論候補生はいた。しかしどう見ても恋人同士なその二人は、二人だけの世界を構築している真っ最中で、隣に私たちが座っていることなど気にも留めていないのだろう。


エースは私の答えに少し沈黙して、それから私の方へ顔を向けた。真っ直ぐと見つめるその青の瞳に負けそうになるが、最近やっと目を合わせても赤面せずに話せる程度にはなったのだ。


「何故僕たちの関係は秘密にしないといけないんだ? 別にやましいことじゃないだろう、イリアと僕が付き合っていても」


私は言葉に詰まった。こうも質問攻めではいつか矛盾が発生してしまうかもしれない。
だから私はむっとした表情を作った。それから、エースが口を挟めない程度の早口を紡ぐ。


「エース、秘密にしようって言ったのは君じゃない。っていうかさっきから『どうして』『なぜ』ばっかり。エースは私のこと忘れてるんでしょ? でも私はそれでも好きだよって言ってる。私たちは今も昔も恋人。そうでしょう? 過去を振り返らないためにクリスタルの恩恵が存在しているくらいなのに、過去ばかり振り返って。今以上のなにが要るの? 欲張りだよエースは」


欲張りなのは、強欲なのはどっちだ。
止め処なく紡ぎだされる嘘に、エースは目を丸くした。あ、この先は分かる。きっとまたちょっと辛そうに眉を歪めて、


「ごめん、イリア」


ほらね。


「……いいよ。私エースと喧嘩したくない。私が悪かったの、ごめんね」
「…………今度、マクタイに行こう。イリアに似合うもの、買ってやるから」
「ご機嫌とりのつもり?」
「って正直に言ったら怒るだろうな」
「それもう言ってるよ」


二人はくすくすと笑いあった。やっぱり、エースは笑うところが一番好きだ。偽りの恋人になってから、私に見せてくれるようになった表情。


エースは、素直だ。
誠実で、責任感が強くて、美しい。非の打ち所が全くない。それに比べて、私は。嘘なんて得意だし、身の回りに溢れすぎていて、私の方も嘘に依存している。


エースに近付けば近付く程、自分と彼はやはり世界が違うのだと実感させられるのだ。
それでも私は笑う。
真っ白な君が、真っ黒な私の色に染まらなくとも。


「……エース」
「ん?」
「夜が好きなのは、私の色だから」

不思議そうな顔をするエースに、「それと、」と私は続けた。


「私と君の関係が秘密だったのは、エースは、私とは違う世界を生きてるから。私とエースは、みんなの前で堂々と並んで歩くには、世界が異なりすぎるの」


あなたの背中を追っていたころから、そのことは分かっていた。言いながら見上げた夜空は、私たちの関係を比喩してるみたいだった。

……月が、綺麗な夜空。


「例えるなら、月がエースで私はただの空。月の眩しさで、私なんか見えないんだよ」


足を交互に揺り動かしながら空を見つめた。つられるように隣のエースも顔を上げたようだ。


私が言ったことは嘘なのか、それとも本音か。
嘘に塗れた私は、自分の気持ちすら、見えなくなってきている。


「……って私は思うことにしてるんだけど、実際エースはどう思ってたんだろうね」
「……さあ」


「ただ分かるのは、」と、エースも空を見上げたまま。


明るい月か、暗い空か。
君はどちらを見ているの?


しかし私は空を見たまま。彼がどちらを見ているかなど、確認する勇気は持ち合わせていやしないのだ。そしてエースはぽつりと続ける。「あの広い空があるから月はその存在を示せるんじゃないか」


「…………詩的だね」
「そうか? 先に言い出したのはイリアだ。本の読みすぎ」
「そうかなあ」
「そうやって飽きると適当に切るクセ、やめてくれないか」
「ごめんごめん」


クセ、だって。まるで前から私を知っているみたい。
私は言葉では謝りながら、口元が緩むのを抑え切れなかった。


「どうして笑ってるんだ」
「怒らないでよ」
「……」


何も言わなくなったが、エースはまだ不貞腐れている。私は困ったような笑みを作った。


「ねえ、エースったら」
「黙っててくれ。2分で機嫌直すから」
「じゃあ数えてようかな」


いーち、にー、さーん、と間延びしたカウントをしながら足をばたつかせる。
21まで数えたところで、エースが切り出した。


「イリア、一瞬で機嫌直す方法、見つけた」
「にーじゅに、にーじゅ……って、え?」


今なんて、と聞き直そうとエースの方を向いたら、不意に唇に柔らかい何かがぶつかる。
エースの唇だ。と気付いた頃には、角度を変えて何度も啄むようにキスを落とされていた。


「んっ、……ふ」


酸素が足りない。
私はエースにそれを伝えようと彼の胸を叩いた。しかしエースは華奢に見えてもやっぱり男の子で、私の抵抗などびくともしない。
思わず唇を薄く開けそうになったところを、彼の舌が割ろうと、


「あ……たっ、たんま!」
「…………どうして」


あ、機嫌悪くなった。
トーンの下がった声にそんなことを感じとれるようにはなっていた。
私は酸欠で回りきらない頭をどうにかこうにか稼働させる。


「え、エースは私のこと覚えてないんだよね、それなのにキスなんて、そんな」
「イリアは僕の恋人だろう? 別に何をしたって構わないんじゃないか」


違う。そういうことを言いたいんじゃない。
そこに君の気持ちはあるのか。その気持ちだけが真実なんだと言ってしまいたい。でも、言ってしまえばこの居心地のいい関係は崩れるのだろう。


「……そう、だね。私とエースは、恋人だもの」


そうして自分に弱い私は、結局自分のエゴためにまた嘘を重ねる。
私の肩を掴む彼の両手は、優しいようで逃げることを許さない力。その力に身を委ねて、私はエースの口付けを受け入れるのだった。

「…………イリア?」

甘い甘い嘘に溺れる私が、夜に映える赤い瞳に映っていたことを知らずに。
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