「君、は」
吸った酸素が身体中を駆け巡る。
動かなかった足ががくりと折れて、私は膝から地面に崩れた。
立てない。
恐かった。本当は恐かったのだ。死んでもいいだなんて、本当は思ってない。
所詮私はその程度なんだ。
今だって泣きそう。でもそれは、今だけは駄目だ。
私は地に手をついて、私の前に立つ彼を見上げた。
彼は私を背に立ち、何かを操って皇国軍を次々と倒している。
――……カード?
それに、光の壁。
これはウォールだ。
そびえ立つそれのお陰で私の命は守られた。
でもどうして。どうして魔法が使えるの?
朱いマントが靡く。
「こちらエース。……ああ、特殊軍神の許可は降りたみたいだな」
敵を一掃した彼は、COMMで何か会話をしているようだった。
ひとまず危機からは身を守れたものの、自分の余りの無力さに、私は唇を噛んだ。なんだってまだ立てないんだ。
――なにがマキナくんを止めるだ。今すぐにでも追えばいいのに。
追えない。
命の恐怖だってあるが、追い掛けたところで、どうせ私が止めたところで、マキナくんは聞かないだろうことは分かっているから。
「大丈夫か?」
「……う、うん。守ってくれてありがとう」
「魔法は遮断されているんだから、無理するな」
「ごめん、なさい」
すると、手を差し伸べられた。
私はその手に自らの手を添える。ぐい、と引っ張られて、私はよろけながらも立ち上がった。
膝ががくがくと震えているのが恥ずかしい。
「全く、候補生一人が見えたくらいで飛び出していかれては困ります!」
「ホントだぜ! でけぇロボットとかいたのによぉ! 一個貸しだかんなコラァ」
向こうの方から、金髪の彼と同じ色をしたマントやタイをした人が二人走ってきた。
どうやら彼の知り合いらしい。彼は「悪かったな、クイーン、ナイン」とそれはもう淡々と返したのだが、二人は別に気にしていないようだ。
……ナインとクイーン。
名前からして、背の高い方の男子がナインさんで、品行方正そうな女子がクイーンさんに違いない。
「僕はセブンとジャックに合流してくる、二人はこの子といてくれないか」
「わーったよ、早く行ってこい!」
「合わせて二つ、貸しです」
短い会話を残して、一人だけ名前の分からなかった彼は再び走っていく。
残された私は、ただただ突っ立っていた。
クイーンさんとナインさんは去る彼の背中を見つめた後、奇妙なものを見るような目を私に向けた。
居たたまれなくなった私は、なんとなく会釈をしてみせる。
「ど、どうも」
「……今はのうのうと自己紹介をしている場合ではありませんね」
一蹴された。
そうだよね、何をしているんだろ私。
「……まーでも、もう後はアイツ等が上手くやるのを待つだけだけどな。ここまで来て戦えねーとか、やってらんねーぜコラァ」
「ナイン。全ては作戦通りなんですから文句は言わないでください」
「それで、あの、私たちは此処にいていいんですか?」
「ええ。此処や周辺のノーウィングタグの回収が指令です」
「地味ーな命令だなオイ」
辺りに倒れる人々の中には、何人もの朱雀兵の姿。
私は今更、この状況は常識に分類されないものであることを知った。
眉をひそめて、声が震えないようにと強く言う。
「そのくらいなら、手伝えます。手伝わせてください」
「そんなに震えてるクセして平気なのかよ、アァン?」
「だ、大丈夫です。このまま立っていても同じなので」
「では手分けしてさっさと片付けてしまいましょうか」
クイーンさんが近くの兵を探りだすのを見て、私も小走りで他の兵の元へ走りよった。
「……し、死んでる」
「ったりめーだろーがコラァ」
「そうです、よね」
地に広がっている赤い染み。
私は一歩引きそうになったが、その女性兵がもしかしたら私の知り合いだったのかもしれない。そう考えて、私はかぶりを降って名前もなくした彼女の懐を探った。
「ごめんなさいごめんなさい、ごめん……なさ、っ」
力なく横たわる誰かのことを探る私が情けなくて、なんでこんなことになっているのかが理解出来なくて、また、泣きそうになる。
「名前も知らない死んだ人間を見ていちいち泣いているようでは、生きていけませんよ」
振り返ったら、声は背中を向けたままのクイーンさんだった。
「宣戦布告された以上は、これからしばらくはこれが日常になるんです」
「……でも」
「死者のことはなるべく切り捨てて、わたくしたちは生きていくんです。それがクリスタルの意志」
わざとなのか、抑揚なく告げられるその言葉に、私は続ける言葉をなくす。
「……覚えてもいねぇ奴のことで泣けるなんて、お前、エースにそっくりだな」
「エース?」
「? テメーらてっきり知り合いかと思ってたぜ」
「こっちは終わりました。ナインとあなたも手を止めていないで!」
「はっ、はい!」
「へいへい」
クイーンさんに指摘され、私は跳ねるように急いで何人かのノーウィングタグを回収した。
エース。
てっきり知り合いかと……ってことは、もしかして、彼が?
そんなことをうっすらと考えながら。
「終わりました! もう多分この辺に朱雀の人はいないと……」
「こっちも終わったぜコラァ」
「これで私たちの任務は完了ですね。手助けありがとうございます、……」
「ハイネです」
「そうですか。先程は少々急いでいましたが、あなたのお陰で今度こそは自己紹介が出来ますね」
クイーンさんは微笑んで、眼鏡を掛け直す。
うわあ……すごく頭良さそう。ぽわんと見つめてしまった。
「わたくしはクイーンです。改めて、よろしく、ハイネさん」
「なんっか堅っ苦しくてめんどくせーな、アァン? 俺はパスだ、パス」
「あの、ナインさんですよね」
「んなっなんで知って!」
「先程から何度も呼ばれていたでしょう。洞察力があれば容易いことです」
「ハイネ、オメーすげえな」
「そんなこ、……っ!!!」
そんなことは、と言い掛けたそのとき、闘技場が大爆発を起こした。
それは、さっきマキナくんとレムちゃんが走っていった方向だ。
慌てて走り出そうとすると、クイーンさんに腕を捕まれた。
「大丈夫です。きっと彼らなら上手くやってくれるから」
「エースさん、って人ですか?」
「そう、エース。彼なら、きっと」
なんでだろう。
彼なら。あの秘密の場所で会って、この場所で再会しただけだという関係なのに、その言葉に胸が凪ぐ。
クイーンさんが「ほら、」と視線で示した方向。
「っ!」
煙があがる闘技場から出てきたのは、よろめきながらこちらへ向かってくる二人。
「あ、ハイネ……っ!」
「ハイネ、…………大怪我はないみたいだな、よかった」
「レムちゃん! マキナくん! 私の心配どころじゃないよ、その怪我……っ!」
私はクイーンさんに腕を離されたので、お互いに肩を回して歩いてくるマキナくんとレムちゃんを支えに走った。
どちらともなく重力に従って倒れる二人。
そのままじゃ、地面に……っ、
「……う、」
なんとか二人を支えるのに成功する。
ほっと息を吐こうとして顔を上げれば、また煙の中から視界に入った3つの人影。
「任務、完了……だ」
「っ、エースさん!」
「……ん、ああ……。よかった、あれ以上怪我はしてないみたい…で……っ」
「およっ、エース〜!?」
「意識が飛びかけているようだ、早く衛生班を」
「私っ! 私がやれます!」
人間二人の体重に若干潰されそうになりながらも、私は思い切って叫んだ。
マキナくんのような勇気のない私にも、エースさんのように強くもない私でも。
やれることはあるはずなんだ。