冬はあまり好きではない。
冬にしか咲かない花もあるけれど、基本的には色のない季節。
――私みたいで、嫌だ。
あれから何日かが過ぎた。
今日も朝の風は冷たくて、水も冷たい。
まだ咲かないチューリップに水をやって、ふと空いたベンチに目をやった。
「あのひと、誰だったんだろう」
空になったじょうろをベンチに置いて、私も座り込んでみる。
『いい匂い』
彼の言葉を思い出す。
真似をして、目を閉じて鼻から空気を吸ってみた。
――スイセンの香り。
冬に咲く花。
白と薄い黄色の花をベンチの隣に植えていたのだった。
彼はこの花を、この場所をどう思っただろう。
もしかしたら、彼も花が好きだったのかな。
名前くらい、聞けばよかった。
「……少し、眠ろ」
空気は冷たくて寒いが、ここは四方を壁で囲まれているお陰か、風はない。
それに、なんとなく今はこの場所を動きたくなかった。
1人でいるのは好きだ。
大衆に交ざると、私は見えなくなってしまうから。
少し前は色のない私が嫌いだった。必死で気付いてもらえるように、自分の色を作り上げようとしたときもある。
でも、無理だったのだ。
あの人の目は私ではない子に止まってしまった。
――適わないなあ。
今でもそう思う。
それだけ、あの子は完璧で、綺麗な、白ユリのような子だもの。
また、泣きそうになる。
でもそれより早く、微睡みが私を襲って――――
「緊急連絡、緊急連絡! ミリテス皇国が朱雀に侵攻宣言を発表しました! 現在朱雀軍と衝突中! 繰り返します、先程――」
「…………え?」
微睡みから無理矢理引き剥がされた。
皇国軍の侵攻宣言。
これは緊急事態だ。こんなところで寝ているわけにいかない。私は、じょうろを置いたまま走りだした。
*
「皇国は何か新しい兵器を開発したようだクポ。クリスタルとの繋がりが遮断されていて、朱雀軍は手も足も出ない状況だクポ」
「で、私らは指齧って見てろってか! 候補生ともある私たちが……」
「ナデシコ! お、落ち着いて」
「落ち着けるわけあるかハイネ、皇国に与えられた猶予はあと少ししかないんだぞ、今こうしている間にも何人の命が」
次の瞬間、私の耳に、けたたましい銃声が聞こえてきた。
「もう魔導院にまで侵攻してきたクポ!? お前たち、早く逃げるクポ!」
みんなは一斉に騒ぎだし、ばたばたと教室から出ていった。
ナデシコもいつの間にか行ってしまったようだ。
混乱の中、交ざって戦うつもりなのかもしれない。魔法、使えないのに!
「オレは、戦いに行くぞ。ナデシコと同じだ、黙って見ているわけにはいかないんだ」
近くで誰かが誰かにそう告げる声がはっきりと聞こえた。
多分その声は、意識しなくとも一番聞き取ってしまうように、私が出来ているんだ。
ほぼ反射的に私は、走りだした彼の背中を追いかけた。
「待って、待って!」
追い付かない。
伸ばした腕は虚しく空気を掴む。
その名前を呼ぶのを躊躇った。
でも、私は彼を止めなくちゃいけない。
危ないよ、魔法は使えないんだよ、あなたが死んじゃうかもしれないのに!
私はそれこそ必死な思いで叫んだ。
「ねえ待ってよ、――――マキ」
「マキナ!」
どれだけ追いかけても振り返らなかった彼が、いとも簡単に足を止めた。
息を吸えなくなった。
おかしいな。
私はもう諦めたはずなのに。
「行こっ、マキナ!」
「ああ」
――――ああ。あああ。
酸欠だ。苦しい。苦しいよ。
闘技場の方へ走っていく二人の姿をただ呆然と眺めた。
銃弾が私の頬を掠めてゆく。
運がよかったみたいだ。
でも私は動けない。
恐怖のせいか、焦りかそれとも。
ハイネ。死にたいのか。こんなところで。
動いてよ、私の足。
「殺せ!!」
どこか遠くて近いところ猛々しい怒号が聞こえる。面白いくらいに世界がスローだ。
銃声、銃口が閃き、そして。
――ああ、でも。いっそここで散ればこんな苦しい想いを思い出すことも……
「死にたいのか!」
光の壁。
私の前に飛び込んできて立ったのは、朱いタイの候補生。
「君、は」
その背中、揺れる金髪。
私はやっと、息を吸い込んだ。