マキナくんという人は、明るくて、誠実で、笑顔の眩しい、いつだって2組の中心にいるような人だった。
『ハイネは花が好きなんだな』
人見知りな私にも、分け隔てなく接してくれる人。だから私は、その笑顔に憧れた。今思えば、あの感情は恋愛のそれでなく、憧れだったのかもしれない。そうも思ったが、そんなのは言い訳だ。マキナくんは、その視線を、いつだって他の人に向けているのに気付いたから、私は目をそらして、いつも逃げていた。
「ハイネ君じゃないか。久し振りだが、こんなところにどうしたんだね」
呼ばれてはっとした。
身を隠そうともしていなかったから、こうなるのも当然だけど。私は、後退りする。彼らを裏切りたくないと決めてからは、軍令部長に遭遇するのを故意に避けていたのだ。怖くて、逃げ回って先伸ばしにして。
すると、私に背を向けていたマキナくんが振り向いた。目があっても、いつもみたいに笑いかけてくれない。眉をひそめて……、怒って、る?
「あ、の、どうしてマキナくんが」
暗くて広い倉庫の中は、私の震えた声すらよく響いた。どちらに質問していいのか分からず、続ける言葉を丁寧にすべきか、無意識の内に迷う。すると、いつも不機嫌そうに眉をしかめている軍令部長が、にやりと意地の悪い笑みを浮かべては言った。
「マキナ君が、君の協力者になってくれるそうだ。よかったじゃないか」
意味が分からない。
それはマキナくんも同じ心持ちのようで、豪快に笑う軍令部長をよそに、私たちはぱちぱちと瞬きをして数秒見つめあった。協力者? 一体なんの。しかし、軍令部長という人物が仲介となって成立する絆などひとつしかないだろう。
「マキナくん、もしかして、その」
「ハイネ、まさかキミが0組を恨んでいたなんて知らなかったよ」
「恨んでる……って」
「違うのか? アイツら、まさかハイネの大事な誰かまで……」
マキナくんは拳を握り、虚空をきつく睨んだ。私は完全に動揺してしまって軍令部長を見やるが、彼は満足げな悪い笑みを浮かべるばかり。私は、瞬発的に思わずマキナくんの拳を両手で押さえ付けていた。少し目を見開いて驚くマキナくんの瞳を見上げて、私は説得しようとする。君がやろうとしてることは、いいことなんて何も生まない。
「違う、違うよマキナくん! 何か勘違いしてるよ、0組は、みんなは、確かに怖くなるくらい強いけど、でもそれは、」
「……ハイネまで、毒されたのか」
「毒された……?」
「なんだ。正直がっかりしたよ、ハイネ。キミなら分かり合えると思ったけど、違うんだな。やっぱりオレは一人でもやってみせる」
説得なんてしようとするより前に、マキナくんは、もう私を見ていなかった。
私の手を振り払い、彼は今しがた私が入ってきた扉から出ていってしまう。「マキナくん!」私の大声は高い天井に反響して、自分の耳にわんわん響く。
「何故止める必要がある」
その背中は私……、いや、世界全てを拒絶するかのようで、臆病な私は追いかけることも出来ず、伸ばした手が行き先をなくしたとき、背後から厳しい声が聞こえた。振り返れば、先程の笑みを消し、眉を顰めてこちらを睨み付ける軍令部長。
「彼の正義を止める必要はない」
確かに、マキナくんが見つめる先はきっとどんな世界でもなく、己の正義なのだろう。
「でも、今のマキナくんの正義の形は間違って、」
「誰が正義の真偽など審判を下せるのかね」
喉まで出かかった声が、突っ掛かって止まる。正義の正しさ、そんなもの、あるのだろうか。何が悪くて何が正しいのか。
私は何も言えなくなった。マキナくんの正義が間違っているのはわかる。仲間を傷付けてまで振りかざす正義などあってはならないはずだ。なのに。
「君は、0組に情が湧いてしまっただけだ。彼らが人間と思えない程の力を持っていることは知っているだろう。彼らは君と同じではない。君は勘違いしている」
知っている。目の前に相対する相手以上に、0組の人間離れしたところを知っている。でも、私はそれ以上に、彼らの人間らしいところだって知っていた。一人ひとり異なる性格、容姿。長所もあれば、欠点もある、愛しい友達。
だからもう私は、揺らぎたくないのだ。彼らを裏切りたくない。彼らは、立派な朱雀の一員だ。
私は俯いていた顔を上げた。
「勘違いなんかじゃない。……私は、私の正義を貫くことにしました。だから、もう協力は出来ません」
もう逃げないと決めたのだから。向き合うと決めたのだから。
私は初めて軍令部長を意思を込めた瞳で睨み上げた。喧嘩を売っていると思われるだろうか。いや、それでも構わない。今にも震えそうな膝に力を込めて、私はそこに立っていた。軍令部長はぱくぱくと数度口を開閉して何か言いたげだったが、私の視線がそれを許さない。
「……勝手にしろ!」
吐き捨てられた軍令部長の言葉に、私は形だけの礼をしてその部屋を飛び出した。やっとひとつ、私は向き合うことが出来た。これが私の正義だ。軍令部長とも偉いおとなに歯向かうような言動をしてしまったが、それでもどこか自分が誇らしい。私は朱雀のそれより少し冷たくに広がるキ空気を目一杯吸い込んだ。
廊下の左右を確認してみても、マキナくんの姿はどこにもない。追い付けたところでやはり、今の彼には説得なんて通用しないのだろうけど。それでも、大切な友達に危ないことはして欲しくなかった。……次に、会えたら。そのときこそ、あんなことやめてもらうんだ。憎しみは何も生まないことを私は知っている。
でも、今は。
私は小走りに進みだした。
どちらがどこへ向かう道か分からなかった。
けれど、きっと。