重い瞼を開けるのを渋る。
意識はもう戻ってきているのに、身体があまりに重くて。
今まで使ったことがないくらいの魔力を出し切ったからだろうか。散々攻撃を受けたからだろうか。
あれ? 私、生きてるよね。
少しだけ指に力を込めてみる。すると、指先が渇いた布地をなぞる感覚を覚えた。うん。大丈夫、私は生きてる。だって、生きることを選んだんだから。彼と向き合って、気持ちを伝えようと。

「……っ! ハイネ、ハイネ」

誰かが私を呼んでいる。
もう少し沈んでいたかったけれど、私はゆっくりと瞼を持ち上げた。

「ハイネ、起きたんだね。よかった……」
「……レムちゃん?」
「うん。私だよ」

目に飛び込んできた光に思わず視界が眩んだが、ふわりと微笑む表情を認識は出来る。私の手をそっと握ってくれたのは、レムちゃんだった。あの基地から無事に生還出来たんだ。よかった。

「……ってあれ、ここ、どこ!?」
「無理して突然起きない方がいいよ! 顔色、すごく悪いもん」
「そんなことな……っと、ほ、ほんとだ」
「だから言ったのに」

上半身を起こしたら、くらりと世界が揺れた。どうやら貧血気味なのは本当らしい。

「でも」

私はそれでも身体を起きあげてベッドから立ち上がろうとする。
レムちゃんは一瞬口を開くが、何も言わずにそっと唇を閉じて、私の背に手を添えてくれた。私はその助けを借りつつ、靴を履く。

「……ハイネ?」
「ん?」
「泣いた、跡」

慌ててレムちゃんが示す目許に指を這わせてみると、そこには確かに水が伝った跡が残っていた。私はそれを拭い去ろうと擦る。「そんなに擦ると赤くなっちゃうよ」レムちゃんは微かに笑いながら、私の必死なところを見守っていた。

「私たち、新型の兵器を倒すことには成功したの。それをエース君とハイネに伝えようとしたんだけど、COMMが繋がらなくて。私たち、急いで二人を捜すことにしたんだ。最深部で二人が倒れてるのを見たときは、本当にびっくりしたよ」

彼女の話に耳を傾けながら、私はベッド脇に置いてあった濃紺色のマントを羽織る。

「そうだったんだ……。迷惑をかけてごめんね、ありがとう」
「ううん。それに、私だけじゃどうにもならなかったよ。意識を失ったエース君とハイネをここまで運べたのは皆のお陰。コハルは特に凄かったかな、ハイネ見た瞬間に駆け出して。とっても仲間思いな子なんだね」
「そっか、じゃあ皆にお礼しに行かないと」
「……あ、そのことなんだけど」

一通り自分の姿を見回して、一応の身支度は終えた私は、レムちゃんの改まった言い方に気付いて振り向いた。「あの、落ち着いて聞いてね」。え? もしかしてコハルちゃんたちに何か……、と混乱する私に、レムちゃんは静かな声で切り出す。

「ここ、白虎の首都なの」
「……え?」

白虎の首都。敵の、本拠地。

「っ、そんな!」
「ハイネ、大丈夫……けほっ、こほっ」
「れ、レムちゃん!?」

慌てて周囲を警戒しようとしたが、レムちゃんが突然咳き込みだしよろめくのを見て、咄嗟にその肩を抱き留めた。

「レムちゃん、辛いの? どこか痛いの?」
「ううん、私は平気。ちょっと立ち眩み、かな。それよりも今の状況を、」
「待って、もう少し落ち着いてからでいいよ」

心なしか息の荒いレムちゃんの背中をさすってあげると、レムちゃんはほんの少しだけ私に体重をかけてきた。それが何よりの信頼に感じられて嬉しいと思うのは、失礼なのだろうけど。
レムちゃんの軽い身体を受けとめながら、私は改めて部屋を見回してみる。4人分のベッド、幾つかの医療用具。私たちしかいないけど、ここは医務室に間違いはなさそうだ。……白虎の。どうして私はここで休んでいるのか。捕虜として捕らえられたわけでもなさそうだし……

「ごめんね、ハイネ……。もう本当に、落ち着いたよ」
「…………うん」

その後、廊下を共に歩きながら聞いたレムちゃんの話によると。
私たちが戦っていたあの作戦の途中、蒼竜の女王様が直接調停人として動いたそうだ。もう何百年も前の協定を持ち出し、これ以上不毛な争いはやめようということらしい。

「どうして今更……」
「そうなの。みんなそこを疑問に思ってる」

当然だ。今の今まで過酷な戦闘を続けてきたというのに、こうもあっさり終止符はつくものなのだろうか。戦うことがいいことだなんて思わないが、それにしたってこの終わり方は腑に落ちない。
でも、そういうことなんだよね、とレムちゃんは困ったように笑った。私は何も言えない。

「ちなみに今は休暇扱いだよ。みんなそれぞれ観光したり、休んだりしてるの。ハイネは……ってここまで来て、今更聞くこともないか」

「ハイネ、いってらっしゃい。無理はしないでね」。レムちゃんがとん、と私の背を押した。ああ、分かってくれていたんだ。私は振り返って何か返す言葉を探したが、結局口に出来たのはありきたりな、でも心からの「ありがとう」だった。なにが、とは言わない。言わなくても伝わる、そんな気がしたのだ。

レムちゃんが何かを抱えているのは薄々気付いてもいる。さっきの咳き込み方で、余計に。でも、レムちゃんが私が夢で泣いていたことを何も追及しないように、私もそれを追及しない。それがいい事なのか悪いことなのかは分からないが、これも、ひとつの絆の形だと思う。

――絆、か。

室内とはいえ肌寒い廊下を少し足早に歩きながら、私は胸に何か温かいものが流れるように感じた。
それから思い浮べるのはやはり、彼の顔。今すぐ会いたい。会って、教えたい。やっと私は彼との絆を思い出したということを。
考えれば考えるほど、足が速まる。無理はしないようにとレムちゃんに念を押されたばかりが、それどころではなく走りだす。不安と期待に押しつぶされそうで。

でも、どこにいるんだろう。
ここは白虎で、いつもの庭がない場所だ。見当もつかず走り回っていたら、ひとつのドアに目が行った。なんとなく、直感で。あそこに、何かがある気がしたのだ。

近付くと開くそのドアの向こう。見えたのは朱いマント。私は息を飲む。
しかし、それは彼ではないことに気付くのに、数秒かかった。その人が誰で、誰と一緒にいるのかも。

「……なんで、あの人と一緒に」

薄暗いその部屋で話をしていたのは、軍令部長と、マキナくんだった。
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