『あいつら、ほんとに人間じゃなかったんだな』
『気味悪い』
『化け物化け物って白虎は比喩してたけど、まさにその通りよね』

噂というのは尾鰭をつけて、風のように広まるものだった。

『聞いた? 0組って、ドクターアレシアが作った兵器なんだって』
『ああ、だから殺されても死ななかったのか』
『うえ、そんな奴らと一緒に戦ってたのか……』

『どうして、どうしてそのことが広まってるんですか?』
『ありもしないことまで広められてる』
『誰かが、上にチクッたんじゃねえか?』
『ん〜そうだとしたら〜、思い当たる人、いるよねぇ』
みんなの視線が突き刺さる。でもわたしは、何も言わずにいつもみたいに笑ってみせた。
『どうしたの? みんな。ほら、今日もひとつ花が咲いたんだ!』
『ハイネ。貴方最近突然わたくし達0組と距離を詰めましたね』
『詰めた……? わたしたち、仲良くなったんじゃ』
『嘘だろ、それ』
『シンクちゃん、ハイネっちとほんとにお友達になれたんだと思ってたのに』
『俺達のことを上層部に売ったのはハイネだろう』
『……』

否定出来なかった。今更どう言い訳しようと、遅すぎるんだろうな、と思った。

『ハイネさんのこと……信じてた、……のに』
『所詮、そういうことだったんだな』
『裏切りやがって!』

ザシュ、と血肉を切り裂く音がした。
ゆっくりと目を下に向けたら、腹部に突き刺さるのは大鎌。痛い。がくりと膝をついた。黒い制服が、更に重たい色へ変色していく。ついた膝から、血溜りが広がる。

みんなは、わたしの状態を見て、何も言わずにそこから出ていった。
――ごめん……ね、…………ごめんなさい、……皆さん。


それが、そのときの私の終わりだった。





「336中隊、これより基地内へ侵入を開始する」

作戦開始前、コハルと名乗っていた女子候補生がCOMMに通信を入れたのを合図に、わたし達は隠れていた塀から飛び出す。

「朱雀だ!」
「何、しかし正面からの援護要請が」
「行かせるかよ! 行くぞコハル!」
「流石はイナリだな」

二人の候補生が先陣を切ってくれるお陰で、わたしたちは次々に歩兵を排除していった。しかし、要塞内部へ突入しようとしたところで、白虎の機体がわたしたちを阻む。

「きゃあああっ」
「ぐああ!」

何人かが、ガーディアンの容赦ない射撃で吹き飛ばされた。

「サンダー!」

なんとか避けながら、魔法を浴びせる。なんとか基地内に潜入しても、狭い通路に立ち塞がる機体相手に、何人も仲間が倒れていった。

「待って、今……っ!!」

わたしはなんとか倒れた兵に回復魔法をかけようとしゃがみ込んだ。

「ハイネ、危ない!」

しかし、コハルに腕を引かれ、間一髪でガーディアンのジャンプ攻撃避けることができた。ぐしゃ、と嫌な音がする。

「ひっ」

嫌だ、こんなの。その重い機体の下に、一瞬前わたしが……わたしが?
何をしようとしていたのだろう。また忘れていた。そういえばこの場所に倒れているいくつもの動かなくなった身体は、数分前まではわたしと共に戦っていた仲間なのか。
もし今コハルがわたしを助けてくれなかったなら、わたしもああなっていたのだろうか。思い出されることもなくなっていたのだろうか。
それが、嫌だった。だから、わたしは変わった。
なのに。
思い出すのはあの人とすれ違ったときの風。





「少し、疲れたな」
「……そんなことを言っていられる暇はないぞ」
「でもよ、軍神が使えるなんて聞いてねえ」
「ああ。通信する暇もなかったな」
「これから、どうしようか」

基地を制圧しようとしていたところで、現れたのは朱雀の軍神、ゴーレムだった。命からがら辿り着いたのは、ひとつの部屋。ここで行き止まりらしい。
気が付けば、336中隊に残ったのは10人もいなかった。
こうしている間にも一人また一人と力尽きていく仲間。治療魔法を使おうとしても皆「いいんです。魔力は使わないで、どうかその分で白虎を倒して」と断るのだ。自分を捨ててまで朱雀を守ろうとしているなんて。その思いに報いるため、必ずわたしは作戦を敢行しなくては。
そのとき、耳元に入ってきたのはCOMMからの通信。

『336中隊、聞こえるか、336中隊は0組と合流、戦時軍神使用許可証を渡すように』

「……わたしが行く」
「ハイネ?」
「コハルとイナリはここで待ってて」
「でも、この部屋の外にはゴーレムが」
「なんとかして切り抜けるから」

微笑んだら、コハルとイナリは目を見合わせてから、しっかりと頷いて返してくれた。
コハルから戦時軍神使用許可証を手渡され、わたしは走り出す。

ゴーレムの熾烈な攻撃は、間一髪で急所を避けた。壁に隠れて、走って、また死角へ。足から血が流れていたが、そんなこと気にもせずに走る。

転がり込むように、わたしは指定されたポイントに入ることができた。
息をついて、壁にもたれかかる。ここは何の部屋だったのだろう。ショウキが閉じ込められた檻がある。獰猛なその目つきに一瞬怯えた。

「ここがポイントか? コラ」
「そのようですね」
「お? ハイネじゃねえか」

わたしが入ってきたのと別の入り口から聞こえた声。
ナインとクイーンだ。この二人に許可証を渡せばいいのか。わたしは痛む足を引き摺って近づいた。いつ彼らの戦闘の様子を確認すれば、と考えを張り巡らせながら。
しかし、その思考が止まったのは、続いて入ってきた人の姿のせい。

「……エース」

エースは、わたしの姿を目に留めた瞬間、軽く目を見開いたが、すぐにまたあの冷たい視線へと変わる。これ以上何を言っても無理だとわたしは知っていたから、彼から目を外し、ナインとクイーンに先程コハルに貰った許可証を手渡すことにした。

「これで軍神の使用が可能だよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「まさかオメーとこの作戦で遭遇するなんて思ってなかったぜコラァ」
「では、わたくし達は先を急ぎます。ゴーレムを倒さないと、貴方達が困るものね」
「ありがとう、よろしくね」
「任せとけ!」

そう言い残して、颯爽と走っていく二人。
しかし、エースだけは、そこに立っていた。

「……行かないの?」
「…………あんたは、誰なんだ」
「え?」

静かに紡がれた言葉に、『わたし』ががらがらと崩れていく気がした。

「あんたは、僕の知ってるハイネじゃない。ハイネ、君はどこにいる」

彼はわたしの瞳を真っ直ぐに見て言う。
そんなことを言われたら、悲しくなるはずだった。だってわたしは0組に近づきたくて、エースのことを知りたくて。
でも。
なぜか、泣きたくなるくらいに嬉しいと心のどこかで思ってしまっている。
彼はとっくに、いや、きっと初めから見抜いていたのだ。そのことが、私は嬉しくて、

「エース……エースさ」

ガシャン!

大きな音に振り返ったら、そこにあったはずの檻が破壊されていた。
飛び出してくるショウキ。逃げようとも、足が自分のものじゃないみたいに言うことをきかない。

デジャヴだった。
ただ違うのは、私の心。
こんなところで死にたくない。エースさんに誤解されたまま、死ぬなんて。


「助けて、助けてください、エースさん……っ!!」

「ブリザド!」

叫んだのと、ショウキが凍り付けになったのは同時だった。

「……ハイネ」

パリン。と音を立てて散ったショウキ。
脱力しかけたが、エースさんが倒れかけた私の肩を支えてくれる。

「エースさん、ごめんなさい、私、……私」

強くなろうと決めたのに、そうすれば0組の傍にいられるって信じたのに。結局私は弱くて、すぐ泣きそうになって。気付いたら助けられてばかりだ。

「無理して笑わないで、泣くのを我慢しなくていいんだ。それがハイネだろ」

しかしエースさんはそんなことを言う。背後で私を支える彼を見上げたら、彼は柔らかい笑みをみせてくれていた。
ああ、その笑顔。思い出に残るその微笑み。

「そういうハイネだから、僕は」

じわ、と視界が歪む。
どうして、どうしてこの人はそんなに優しいのだろう。胸が痛くなったが、なんとか歯を食い縛って涙が零れるのを耐えようとした。


「……っ、クイーン……!?」

しかし、エースさんが唐突に呟く。どうやらCOMMから通信があったらしい。
私は慌てて目尻を拭って、エースさんを見上げた。

「ルシだ」
「……?」
「ナインが白虎の甲型ルシに殺されたとクイーンが」
「ナインさんが……!?」

タイミングよく、ビーッ、と私のCOMMも音を鳴らす。

『緊急連絡! たった今白虎の甲型ルシがトゴレス要塞内へ侵入を確認、基地内にいる兵は至急撤退を――』

「エースさん、逃げましょう! ナインさんがやられてしまったのなら……」
「……っ、駄目だ、クイーン一人じゃナインを運べない!」

そう言ってエースさんは出口と反対方向……、先程クイーンさんとナインさんが向かった方へ走りだす。

「待って! エースさん!」

私は慌てて、足を引き摺りながら追い掛けた。……追い付けるはずもない。しかし壁を伝ってなんとか後に続こうと出たのは、先程ゴーレムがいた場所。どうやら二人が軍神は抑えてくれたらしい。
それよりも目に入ったのは、床に倒れ伏すナインさん。驚愕に目をむくクイーンさん。
それから、


「ぐ、あ……ッ」


見たこともない白い装束の人に首を掴まれ、軽々と持ち上げられている朱のマント。見開かれる蒼穹の色をした瞳。


「エースさん!!!」


「……ハイネ、……来る、な……っ」


彼が手に持っていたカードが、ひらりと血に濡れた床に落ちた。
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