0組について
キング
冷静沈着、不言実行の人。
従卒と仲がいいところを見ると、内に入れた人間には優しいみたいです。
二丁拳銃の使い手。
クイーン
聡明な0組のまとめ役。
トレイと1、2を争う頭のよさですが、トレイとは種類の違う頭脳かと。
詳しくは分かりませんが、彼女にだけ託された仕事があるみたいです。今後その件について調査の重点を置きます。
武器はソード。
(中略)
デュース
0組の中では一番温和な人物といって過言ではないと思います。
誰に対しても優しく、つけこまれやすいように見えますが、その実芯はしっかりしているようです。
武器はおそらくフルート。音塊に魔力が籠もっており、自在に操るところをこの間目撃。
エース
はた、と手が止まった。
エース。彼はどういう人物だった?
「……わからない」
卓上のライトだけがぼんやりと照らす手帳に、押しつけたままのペン先からインクの染みが広がっていく。
エース、エース。
最近の彼が、分からない。分からなくなってしまったのだ。どう記せばいいのだろうか。どんなに近付こうとしても、逆にエースはどんどんわたしから離れていく。
前は、どう認識していたっけ。
思慮深く、しかし行動力がある人。成績優秀だって聞いたのは、岩の月だったか。予想はついていたけど。
……クールなようでいて、ふとしたときに見せるあの微笑み。気のせいだろうが、「ハイネ、」と呼ぶとき、少し声が柔らかいこと。人見知りな私のことを、見守ってくれたやさしさ。
「……っ、エース、さん」
思い浮かべたのは無表情な彼だったはずが、ふわりと微笑んだような気がして、私は思わず彼のことを呼んでいた。
そこではっとする。手帳に黒い染みができていた。慌ててペン先を離し、半分ほど潰れた『エース』の上に二重線をひく。
「しっかりしないと、わたし」
ぱちんと両手で自分の頬を叩いた。暗い考えはだめ。泣くのはもっての他。
心の中で言い聞かせて、彼については、後日にまわす他ないと判断した。
「……そういえば、明日って」
軍令部長に定期報告にいく日だ。
わたしは、手帳をぱたりと閉じた。
認めてもらいたい。わたしと0組が近付けているってことを。この変化が、無駄ではないということを。
*
「今回はそれだけ、か」
開いて読み上げた手帳を閉じて軍令部長に向き直ったら、言われたのはそんな言葉だった。「え」と思わず漏らしてしまう。
「ふ、不充分でしたか? どこが、どうして、」
「まあまあハイネくん、君を責めているわけではない」
宥めるような声で言われたが、わたしはそんなことを願ったのではない。認めてもらわなくちゃ、いけないのに。
「ごめんなさい、わたし、頑張りますから、だから」
「どうしてそんなに焦ったりするのかね。君は諜報のプロという訳ではないのだから、致し方ない部分があるのは当然だ」
だって、少しでも早く、深く、彼らに近づいて、溶け込みたい。記憶から消えた両親みたいに、彼らの中から消えたくない。
「では、責任感の強い君に、更に彼らに近付けるチャンスを与えようか」
「っ!」
俯きかけていたところだったが、わたしは勢いよく顔をあげる。軍令部長は、わたしに笑顔を向けていた。
「今度、大規模な作戦が敢行されることとなったのは聞いているな」
わたしはこくりと頷く。隊長が言っていたのを聞いていたからだ。
トゴレス要塞奪還作戦。
初めてそれを耳にしたとき、わたしは息を飲んだのを覚えている。生まれ故郷が、トゴレス要塞の近くの小さな村だから。
今更、顔を忘れた両親の理由がなんとなく分かった気がした。ふと見えた軍令部長の背後、朱雀の地図に村の名前がないもの。
「何、君の故郷が白虎に潰されたのか。……なんと言えばいいのか」
「いえ、いいんです。わたしにはまだ兄がいますから」
薄く笑ってみせると、軍令部長は困ったような表情だけして、すぐに本題へと戻した。心配など、形だけなのは分かっている。同情することでわたしに付け込もうとしているのだ。大丈夫。わたしはこんなことで挫けない。一人で、立っていられる。
「今回の作戦において、0組は要塞を内から攻める要となっている。0組の他にも2隊がいるのだが、君を特別にその隊に入れるよう計らうつもりだ」
「……と、いうと」
「隊は別れるといえど、何かがあれば相互で支援することになっている。実際の作戦下、彼らがどのような戦闘能力を見せるのか、その目で確かめてくるんだ」
そうか、とわたしは納得した。
わたしが見たのは闘技場での実践形式の特訓だけだ。あれは本来の力ではないだろうし。
「わかりました」
わたしは強い視線で軍令部長とわたしの間の空気を見つめる。
それから一言二言交わして、軍令部をあとにする。そういえばあれだけ避けていた場所に今では頻繁に足を運んでいるんだ。クラスメイトに見られたら何事だとか思われそう。
そんなことを考えながら重たい扉を開こうと手を伸ばしたら、扉の方が勝手に開いた。いや、そんなことはあり得ない。
「うおっ?!」
向こう側に人がいただけだ。驚いて大きな声をあげる相手に、わたしは一歩引いてしまった。
「すっすいません!」
「ああいや、へーきへーき。……ってあれ、あんたもしかして」
わたしの顔を見て、何か気付いたというように目を丸くする赤いバンダナをした人。
「こないだ櫛落としてなかったか?」
「え……あっ、あのとき」
少しの間、記憶を巻き戻していたが、はっと思い出した。シンクとデュースとクイーンを待たせた、あのときだ。
「俺が拾ったとき、ちょうどぶつかってきたあんたに渡しちまおうと思ったんだけどさ」
「ぶつかった……って、ご、ごめんなさい! わたしあのときちょっと急いでて」
「おー、だと思った。なんかすげえ焦ってたからさ。クリスタリウムに落とし物として預けといた」
「ありがとう! ……えっと、」
「もしかして俺を知らない? そうかそうか……。俺はみんなのアイドル、ナギだ。以後お見知りおきを」
一瞬思考が止まった。アイドルって自称するものだったか。「え、え?」と聞き返したい衝動に駆られたが、ぐっと抑えてわたしは笑顔を作る。
「わたしはハイネ。よろしくね」
「おう」と微笑むナギ。
どうしてだろう。彼がわたしを見るその瞳は、なにかを哀れむような視線で。
「…………あのさ、初対面の奴にこんなこと言われるのって正直引くと思うんだけど。ハイネ、お前、無理はしない方がいいんじゃねえかな」
「……?」
「0組のこと、色々調べさせられてんだろ?」
「っ、どうして知って」
「うーん、俺はそっちの方向に関してはちょっとばかし顔が広いっつうか……。それと比べたらさ、ハイネは素人もいいとこだろ?」
「それはそうだけど」
扉の前で話していたから、従卒の女の子が申し訳なさそうにこちらを見ていた。ナギは「お、悪ぃな」と軽やかにその場を退く。
「だから。人にはさ、やれることとやれねーことがあんだよな。それを無理して、自分壊すのって、辛いだろ」
それは、どういうことなのだろう。
その言葉にどう応えればいいか分からず、わたしが二の句を告げずにいたら、ナギにどん! と背を押された。先程の従卒が開けて、閉まりかけた扉の向こうに押し出される。
慌てて振り返ったら、明るく笑うナギの姿が扉の薄くなっていく間に吸い込まれていく。
「俺が言いたかったのはそんだけ! 出しゃばって悪かったな!」
ひらひらと手を振られるが、わたしは目を丸くしたまま、何も言葉に出せなかった。ばたん、と閉まる扉。
彼の言葉の意味が理解出来なかった。彼はわたしの何を分かっているというんだろう。
「自分を壊す?」
反復したら、心臓がぎゅうと締め付けられるような感覚がした。
なぜか、エースの冷たい、刺さるような視線が脳裏を過る。
だめだ。駄目だよこんなんじゃ。
わたしはふらふらとよろめくように歩きだした。
これから何をしようとしていたんだっけ。ああそうだ、0組。0組に会いに行かなくちゃ。クイーンのことを調べて……、ああ、違う。それよりも先にエースのことかな。エースのことを知らなくちゃ。どこにいるんだろう。チョコボ牧場が好きって誰かから聞いたな。いや、真面目なあの人はクリスタリウムかもしれない。ううん、闘技場で鍛練をしているのかも。考えれば考える程、わからない。前は、どうやって会っていたんだっけ。こんなに考えていたっけ。
――そうだ。私が会いたいな、って思えば、いつもなぜか彼は、
「…………いた」
春の風がふわりと薫った。やっぱり、ハイネという人間は、考え事をしながら歩いても、無意識にこの場所に戻ってきてしまうらしい。
白いベンチに座る金髪の彼。デジャヴ。眠っていてもなお端正な顔立ちのエースが、わたしの気配に気付いたのか、ふと睫毛を揺らして、碧い瞳を覗かせる。エースと目があった。わたしは息が詰まる。とびきりの笑顔を作ろうとした。
それから彼の名前を呼ぼうと唇を開いたそのとき、エースは突然立ち上がる。つかつかとこちらへ向かってくる彼に、なんと声をかけようか迷った。
「エース、」
「……」
ギイ、と軋む扉の音。振り返る気も起きなかった。
うそだ。それか、これはきっと夢だ。そう思った。
エースは、わたしなんてまるでいなかったみたいに、無言でわたしの横を過ぎて行ったのだ。
「…………っ」
わたしは泣けなかった。
ただただ目頭が痛い。それだけ。
泣いちゃいけないって呪咀のように唱えていた言葉が、いまさらたった一人、こんなところでわたしを縛っている。
一人取り残された春の裏庭は、冬よりもずっと孤独で、寂しい場所に思えてしまった。