「おいケイト、突然突っ込むな。ハイネが驚いてるだろ」
「だってマキナとハイネが仲良さそうにしてるからさー。マキナ、アンタハイネに何したらそんな心開いてくれたワケ?」
どうやら私はど突かれたようだ。大して痛くはなかったが、かなり驚いた。未だに心臓がばくばくとうるさい。
私の席の左にどすんと腰を落としながらまくし立てたのはケイトさんだった。それを咎めたのはエイトさん。彼は「ここ、いいよな」と一応口にしてから座る。
「別に何をしたって訳じゃないんだけどな。クラスメイトだったし」
「クラスメイトってのが理由ならなんでレムにも砕けてんの? 納得いかないね!」
「そんなに責めなくたっていいだろ」
ねえっ、と迫られて、私は狼狽えることしか出来ない。
「え、えと、レムちゃんは最初に『もっとフランクでいいのに、緊張しちゃうでしょ?』って言ってくれたりしたからであって、0組の皆さんへの態度とか、そういうのは特に関係はありませ」
「ほらそれ!」
「ひっ」
机に叩きつけられるケイトさんの拳。
私はびくりと肩を震わせて、あとの二人に助け舟を求めるような視線を送ったが、マキナくんとエイトさんは困った顔を見合わせるだけだった。
「もっとフランクに!」
「あ、え、そそそそれもそうですけど、」
そう言われても簡単には戻せないのが癖というものであって。
必死に思考回路を回す。
胸に抱きしめたままのノートが私を急かすようだった。
0組の皆の傍にいたい。私の居場所がなくても、私だけ、目立たない色でも。早く、早くしないと、私の中から消えた両親みたいに、0組の皆の中から私も消えてしまうんじゃないか。
皆は強いから。私は、弱いから。
しっかりしなくちゃ。
もっとしっかりして、0組の傍にいられるように、ならなくちゃ。
近づくために、彼らを知らなくちゃ。
彼らのそばに。彼らを知って。
そんなの、私の私欲のために、彼らを利用していることに相違ない。
でも、私は。それでも、私は。
『分かるんだ、ハイネが0組の皆に囲まれて笑ってる姿が』
――エースさんの傍に、いたい。
ぶつり、とループする思考回路が絶たれた。
「ほらほら、アタシらのこと呼び捨てで呼んでみ?」
「いいの?」
「いいっていいって! ね、エイトも別にいいでしょ」
「ああ、その方が俺も落ち着く。癖なら仕方ないが、できるなら気安く接してくれた方がな」
「……じゃあ、そうする! わたし、0組のみんなともっと仲良くなりたいと思ってたの! あらためて、よろしくね、ケイト、エイト」
「やれば出来るじゃない! どーして今までそうしてくれなかったかなー。あースッキリした」
「よかったな、ハイネ。案外あっさりいって」
「うん、ありがとうマキナくん」
「……なんか今度はオレが離れた気がする」
「あはは」
ケイトとエイトが笑うのを見て、マキナくんが笑う。
わたしも、わらった。
*
「あっハイネっち! 今日もお花のお世話〜?」
「ああ、おはようシンク」
「んにゃっ?! どしたのハイネっち! 熱でもだした〜?」
「違うよシンク、ハイネったらさ、やっとアタシらに心開いてくれたみたい」
「ケイトのお言葉に甘えさせてもらったの」
「やっとハイネと距離を縮められたような気がしますね。分かり易い変化です。そもそも親近感というのは」
「うわっどこから来たのトレイ〜! 突然長話はイヤだよぉ」
「……そうですか?」
「ふふ、わたしは好きだけどな、トレイの話」
「…………趣味が悪いな、ハイネも」
「き、キングまで? えと、トレイの話聞いてると、知識が増える気がして」
「気がするだけか」
「そこはそっとしておいて……」
「あはは、ハイネ、正直すぎるでしょ!」
「皆さん、ここにいたんですかっ。見てください、モーグリさんがこんなのくれました!」
「おあっ、デュースが持ってるそれいい匂いがするぅっ! 何なに〜?」
「『いつもがんばってるご褒美クポ』だそうです。お菓子みたいですけど、皆を呼んで此処で食べませんか? もちろん、ハイネさんも」
「え、わたしも……いいの?」
「もちろんです! 私たち、お友達でしょうっ」
それから、皆で手分けして0組の皆を集めてきた。
サイスは最初嫌がっていたようだが、「わたし、サイスのことをもっと知りたいの」と言ったら、渋々許可してくれた。「あんまりプライベートに踏み込まれるのは嫌いなんだけど」と言っていたけど、心の底は優しいんだと思う。
花に囲まれた裏庭に、シートを広げて皆でピクニックもどきをした。
「それにしても、ハイネはよく笑うようになったな」
「セブン、もしかして嫌だった?」
「いいや、ハイネは笑っている方がいいと思う」
「ありがとう」
マキナくんとレムちゃんも、あまりに唐突に変化したわたしのことを最初は少し心配していたようだが、別に悪い変化ではないと判断したのか、特に何も言ってこない。
すべてが、うまくいっていた。
0組と仲良くなれている。どうして今までこうしてこなかったんだろう。そう思えるほどに劇的な変化だった。軍令部長からも『予想以上の結果だ。よくやってくれているよハイネくん』と褒められた。わたしはどんどん明るくなった。
わたしが明るくなればなるほど、周りの皆も嬉しそうに笑ってくれる。
「…………違う」
しかし、一人だけ、わたしが笑っても笑っても、笑ってくれなくなった人がいた。
「僕が想像したのは、こんな未来じゃない」
――どうして? どうして他の皆は笑ってくれるのに、あなただけは笑ってくれなくなったの?
それどころか、わたしを訝しむように睨むことすらあるのだ。
皆、楽しくピクニックをしているというのに、エースだけは「帰る」と席を立ってしまった。
「え、あ、待ってよエース、」
「うるさい。僕に話しかけるな」
引き留めようと伸ばした腕が、今まで聞いたことのないほど冷たい声で抑止させられた。
「エース、どうしちゃったんだろうね」
「そうか? 昔っからあんな無愛想な奴だったじゃねえか」
「それでも、最近は段々と変わってきていたように見えたんですけど……」
「ハイネがせっかく一気に変わったと思ったら、今度はあっちが逆戻りだよ」
なんで、なんでだろう。
わたしは、エースの傍にいたいから、変わったのに。
君は、違うっていうの?
私の心にぴしりと亀裂が入ったような気がしたが、わたしはそんなこと、気にしない。
わたし、もっと頑張るから。もっともっとしっかりして、もっともっともっと。
そうすれば、君は、前みたいに微笑んでくれる?