私がやるべきこと。
0組についてのことならなんでもいい、洗い浚い書き記すこと、だそうだ。
『どんな些細なことでもいい。ハイネくんが0組と今以上に仲良くなるのが、楽しみだ』
私は嬉しくて、大きく頷いたのを覚えている。
……しかしだ。それは今は置いておく。考えている必要がない。
「ペース落ちてるぞお前ら! スタミナなんざ気合で増やせ!」
「はい!!」
……無茶だ。
闘技場に響くのは、2組の候補生の力強い声。
「は、はいぃ……」
私も2組のはずなのだが、集団から少し離れたところにいた。
「どうしたハイネ! 少し遅れるのはいつものことでも、いつもの元気がないぞ! もっと声出せ!」
「ごめんなさいいい!!」
「その調子だ!」
いつもならもっと自暴自棄もいいところで走っていたのだが、昨日が昨日だ。魔導院じゅうを何度も全力で走ったし、考え事をしていたら全く眠れなかった。
――め、目眩が……!
「ほらハイネ、頑張れよ」
「ヤノちゃん! 私の腕、ひ、引っ張って……っ」
「何ヤノに甘えようとしてんだ」
「いたっ」
歩くのと然程変わらないまでのスピードに落ちていた私を、ヤノちゃんが颯爽と抜かしていく。一周抜かしだ。その背に手を伸ばしたが、後ろからべしんとアサトくんに叩かれて更にスピードが落ちた。
「せめてヒルハタに追い付けるくらいには頑張れよ!」
「む、むむ無理ですううぅ」
意地悪を言ってはアサトくんがヤノちゃんを追い掛ける。いやほんとヤノちゃん速い。
「は、ふ、……だ、ダメかも」
今は昨日言われたことの反復などしている暇はない。
これ以上一周抜かしをされないように、私は倒れそうになりながらも必死で走った。
*
「………………しぬ」
「そんなこと言えてるくらいなら平気だ。ほら、肩貸すから。行くよ」
「ありがとうナデシコ……」
ゴールのラインをぶっちぎりのビリで越したとたん、私の足はへにゃへにゃと力をなくしてその場に倒れかけたのだが、それを支えてくれたのはナデシコだった。私のことを待っていてくれたらしい。
「それにしても今日はどうしたんだ? いつもはもう少し頑張ってるじゃないか。ヒルハタと同じくらいだったような」
「昨日ちょっと頑張りすぎちゃって……」
「そんなこと言ったら隊長は『どんな状況下だろうとペースを落とすな!』とか言いそうだな……。まあ私はそこまで言わないけどさ、いつ戦争に駆り出されるかは分からないんだから自己管理はしっかりしろよ?」
「うん、気をつける」
がくがくと膝が笑っていて肩を借りていてもまともに歩ける状態でもなかったので、私はエントランスのテーブルでナデシコに「ありがとう、私ここでちょっと休んでから行くよ」と告げた。
「ああ、辛かったら医務室に行けよ? 私はクリスタリウムにいるから」
力ない笑顔でナデシコを送り出した。彼女の藍色がクリスタリウムへ続く扉に見えなくなる。
「…………しっかりしなきゃ、私」
ナデシコの言うとおりだ。こんなんじゃ、0組の傍にいられるはずがない。0組の傍にいるには、彼らのことをもっと知らなくては。目的と手段が入れ替わっている気がしたが、それを選択したのは自分だ。
私は少しの間机に突っ伏していたが、ポケットに入れた手帳をのそのそと取り出して、背筋を正した。
「ハイネじゃないか、どうしたんだこんなとこで」
0組について、と書きかけた手を慌てて止めた。私の向かいに立ったのは、マキナくんだ。
「あ、えっと……ランニングで疲れちゃって。倒れかけてたのをナデシコにここまで運んで貰ったんだ」
「あの隊長、相変わらずなのか。大変だな」
「向かい、いい?」と椅子をひくマキナくん。「勿論」。今君たちに秘密のことしたかったから無理、などと断れるはずがない。
私はなんでもないような顔をして手帳を閉じる。しかし、マキナくんもまたなんでもない、ただの他愛ない話のように言うのだ。
「0組について? なんだそれ」
「みっ、見たの?! わわわ忘れてマキナくん!」
まさか見えていたのか。私は手帳を勢いよく自分の胸元に抱え込んだ。私の顔が爆発的に赤くなるのを感じる。どこがしっかりしなきゃ、だ。早速マキナくんにバレて……、
「ああ、もしかして今の、ハイネの日記か何かか? それなら悪かった、忘れるよ」
「! うんっ、そうなのそれなの!」
突然元気を取り戻した私にマキナくんがちょっと怪訝な顔をする。
「……ほんと、ハイネっておもしろい奴だよな」
しかし一瞬後には爽やかに笑う彼。私はほっとした表情をしてしまう。
マキナくんの中での私の位置はやっぱりそこだったのか。ちゃんと確認したわけでもないのに、私はなんだかそれで納得した。
――これでいい。こうやって笑いあえれば、いいや。
「それにしても、そんなこと書いてまで0組と仲良くなりたいのか」
「忘れてってば……!」
「ごめんごめん。でもさ、それなら皆にもオレやレムに対するみたいに打ち解ければいいのに」
「いや、でも私と0組の皆は……」
「うんうん、アタシもそう思うね! どうしてマキナとレムには普通に接するのにアタシらには堅苦しいのさ」
「ひぃあっ?!」
世界が違う気がして、と続けかけたのだが、背後から誰かにどつかれ言葉を強制的に切らされる。
どんっ。
振り返るより早く、背中に衝撃が走った。