「あっ! いた、なまえ!」
「うおっ」

俺は平坦なはずのエントランスで躓きかけた。しかしこれは背後からの奇襲のせいだと言っておこう。
振り向いたら、少し跳びあがりながら俺に激突してきた犯人がしれっと笑っていたのだから。

「や!」
「や、ってお前なあ」
「何? 何か文句でもある?」
「大ありだ」
「ちっちゃい男ねえ」

俺を奇襲した犯人……ケイトは、あからさまな溜め息をついて俺の隣に並んだ。おいちょっと待て。溜め息をつきたいのは俺の方だぞ。
しかし俺は紳士的かつ友好的に、爽やかな笑顔で切り出してやった。

「で? 今日の補習は」
「毎回引っ掛かってるわけじゃないから!」
「ふうん。ならなんでこんな時間にここにいるんだ?」

こんな時間、というのも、エントランスはすでに人もまばらになった夜だからだ。この時間帯にうろうろしているなんて、俺のようにクリスタリウムで読書にふけっていたとか、補習に引っ掛かったとか、そのくらいのはず。

「……たっ鍛練! 鍛練、そう鍛練してたのよ」
「そっか、こんな遅くまで大変だな」
「まあね」

動揺のしようから、ケイトは嘘をついているのだろう。しかし、俺があっさり頷いてやれば、鼻高々と笑ってみせてから、たたっと数歩先を行く。なんだそれ。俺はこっそりと苦笑した。
俺のそんな考えも知らないケイトは揚々と俺の前を歩いている。なんでそんな楽しそうなんだよ。


俺とケイトの出会いなんて、これといって大したドラマもない小さな事件だった。ほんの些細な衝突に過ぎなかった。……俺にとってはでかいけど。
「退いて退いて退いて!」なんて理不尽な叫びと共に飛び込んできたケイトは、隊長に押し付けられた書類や資料の束を抱えながら懸命に前進する俺に容赦なく体当たりをかましてきたのだ。平凡な俺の人生にヒビが入った。

ぶわりと舞った書類たちがドラマ的だったといえばそうかもしれない。あくまで客観視したらの話だが。当人にしてみれば迷惑甚だしい演出であった。だってあれ、几帳面を自負する俺が全部順番も整理(時系列ごとに。更に読み易さすら考慮)した超大作だったのだ。今思い出すだけでもちょっと怒りが込み上げる。
それから俺の絶望の表情を見てか、さすがに罪悪感を覚えたらしい彼女が拾うのを手伝ったのが、はじまり。

当然ケイトは補習に遅れた。それこそ俺にとっちゃどうでもいい話のはずだったのだが、クリスタリウムでうんうん唸りながらあのブリザガ隊長から出されたらしい山のような課題と闘うケイトを見て、俺のお人好しが顔を出した。これだから俺は。隊長に毎回書類整理を頼まれて断れない訳だよ。
それから度々クリスタリウムで唸る彼女を見るたびに声をかけるようになって、すれ違うと手を振り合うようになって、たまにリフレで食事するようになって、待ち伏せされるようになって、後ろからどつかれるように……おい待ておかしい。俺たちはどこから道を間違えたのだろう。

あまりに理不尽な出会いから今までの流れを懐古して、俺は清々しく溜め息をつきたくなった。
相変わらず前方にはケイトの背に揺れるリュック。ほんと、なんでそんな楽しそうなんだよ。

「何かいいことでもあったのか?」
「んー? 別に? 強いて言えば、まさに今いいことが起きてる」
「……?」

夜風が髪を揺らした。
考え事をしていたから無意識にケイトの後ろをついていただけなのだが、そこでやっと俺はもう暗くなった屋外を歩かされていることに気付く。

「あれ、ここって」
「気付いてなかったの!? デリカシーのない男ね!」
「いやいやいや」

ここはたぶん、候補生の間でまことしやかに囁かれるリア充スポット……

「カップルロードだろ!?」
「むしろ気付いてなかったなまえに引くわ」

げんなりしたような表情をするケイトだが、俺は見てしまった。その一瞬前、薄暗くても分かってしまうほどに赤くなったこと。喜怒哀楽が分かりやすい奴だ。隠さなくたっていいのに。この道を二人で歩けることがいいことだって言ったんだし。

「で、満足なのか?」
「は?」

俺は開いた数歩を一気に詰めた。
背を丸めて、ケイトのきょとんとした顔に近付く。

「えっ、ちょ、なまえ?」
「俺、お人好しで几帳面でお前にどつかれる程度にはヘタレだけどさ」


たまには本気、見せてやるよ。


満足してんじゃない この程度で
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