淵淮保育士パロディ




可愛いばかりの息子を保育園に入園させてから10日目にして、さっそくやってしまった。
時計の短針は8を指そうとしているところ、辺りはもうまっ暗で、しかも夕方からの雨が降り続いてる。
ばたばたとろくに傘も射さずに保育園に走り込んで、そら組と水色の画用紙で描かれた部屋のガラス戸を勢いよく開けた。
ひとつだけ明かりのついたその部屋には、髪の長い女の先生と、その後ろに小さな栗毛頭が見えて、ほっとする。
慌ただしい入室に驚いたように先生が振り向いた。女の先生は訂正だ。
黒と白の混ざった長い髪の男の先生が、柔和な笑顔で迎えてくれる。
「ちゅうけん君のお父さんですか?」
「あぁそうです、こんな遅い時間まですみません!息子は泣いたりしませんでしたか」
あはは、と保育士の先生は笑う。
「ちゅうけん君は一緒にいるだけでみんなを和ませてくれますから、今日もずっと私にかまってくれてましたよ。でも少し寂しそうだったかもしれませんね」
ぽんぽんと先生は息子の背を叩く。
「ちゅう君はかっこいいお父さんと一緒でまっ暗になっても泣いたりしませんねー」
ぽやぽやと起きてきたらしい息子が、寝ぼけながらも頭でうんうんと頷く。
「ほらパパがお迎えに来ましたよ」
先生がそう言えば、大きな目がパチッと開いた。
「ほら、ちゅうけん帰るぞ」
膝立ちでおいでおいでとする。
「や!」
まさかの言葉をいって、息子は先生にぎゅっと抱き着いた。
それに先生も少し驚く。そして困ったようで嬉しそうな、でも申し訳なさそうな顔でこっちをちらりと見る。
「ほら、パパが待ってますよ、ちゅう君たった、ちゅう君たったできるよね」
先生は手慣れたように、息子を離すと、自分も立ち上がった。
そしてこっちをじっと見つめてくる。
「あぁ、やっぱりちゅうけん君にはお父さんの面影がありますね」
「え、あ、いやぁ、周りからはなんでこんなムサいのから、こんな可愛い子が生まれたんだ!てよく言われるんだけどな、ちゅうけんは嫁さん似だって」
「いえ、こんな素敵なお父さんなんだから、ちゅうけん君もかわいいんですよ。ちゅうけん君女の子からももてもてですから」
なんだかよく褒める先生だな、と思っていたら。
「もてもてじゃない!」
と息子が大きく言って、先生の足にぎゅっと体全体で抱き着いた。顔が赤くなってるぞ。
「こらーちゅうけん、帰るぞ、パパ早く帰ってごはん作らないと」
「や!かくわいせんせいといっしょにいる!」
「いやーそれはダメだろ。先生も帰らなくちゃいけないんだから」
それからも駄々をこねる息子をなんとか抱っこすることが出来ると、なんとか部屋から出れた。外の小さな運動場に面した屋根付きの広い廊下に座って、脱ぎ捨てていた革靴を履く。息子を胸に抱いたままなんとか履き終わると、かくわい先生がちゅうけんの小さな靴を渡してくれて、ついで倒していた傘を差し掛けてくる。
それを受け取ろうと柄を握れば自然に手が重なった。
「もしよろしければ、これからたまにはお父さんにも迎えに来て欲しいですね」
そう言われて顔を上げれば、かくわい先生にまっ直ぐ見つめられてた。
この先生はよく人の顔を見る人だな、とか、やっぱり子育てには父親も参加しないとっていうことなのかと思っていた。
この頃はまだ。



保育士の恋愛なんてろくなもんじゃない、場合もある。そう思う。
郭淮はぼんやりと遊具で遊ぶ子供達を眺める。
保育園に来る子供達の親っていうのはまだ若くて恋愛対象内の年齢が多い。その上、早くにヒトの物になったんだから魅力だって多い。売れ残りとは違うんだ。
だから、誰君のお父さんがかっこいいだとか好きになったなんて浮いた話は保育士仲間からよく聞く。
でも、まさか、自分がそうなってしまうなんて。思い出してしまうだけで胸が苦しい。
郭淮は思わず咳込む。上げる顔は僅かに赤い。
目はいつの間にか、ぽわぽわの栗毛頭を追っていた。彼は今他の子供達と一緒にヒーローごっこに夢中だ。
仕事中だというのに、あらぬ事を考え、その上、幼児の顔を見て面影を探すなんて。
「あぁ…かこうえん殿、」
名前を呟いて、勝手に高揚してまた咳込む。これは、一目惚れだ。郭淮には確信があった。
何かに夢中になると、ひとり猪突猛進に暴走してしまうのは悪い癖だと理解している。が、歯止めは効きそうにない。郭淮は甘い悩みにため息をつく。
脳内では薔薇のフレームの中で抱き合い口付けを交わすかこうえんと自分がいた。
「かくわい先生、お体の調子が良くないのではないか?」
ふいに後ろから声を掛けられて、郭淮はびくりと背筋を伸ばす。
振り向けば保育士とは思えないゴツい体格をした色黒の男が、赤いギンガムチェックのキ〇ィちゃんエプロンを付けて立っていた。
その恐ろしく太い腕には抱っこちゃん人形よろしく、小さな子供が抱き着いている。
彼は郭淮の同僚で士載といった。その腕に抱き着いているのはつい先日入園したばかりの男の子だ。その子の名前は士季君といった。
どうも士季君は中々子供達の和に入れないようで、毎日こうして士載先生にべったりだ。
「いえいえ、ただ子供達の元気さに癒されていたところで、私は今日も充実して生きておりますよ」
「そうか、出過ぎた真似を申し訳ない。あぁちゅうけん君を見ていたのですか、彼は来て間もないが皆とよく馴染んでいる…」
そうして彼は心配そうに自分の腕の中を見る。
口をへの字に曲げた士季君が士載先生を見上げていた。
士載先生は思わず茶色のくせ毛を大きな手でよしよしと優しく撫でる。
「しー君もみんなと遊んでみようか?楽しいぞ〜」
彼は可愛くて離したくないという顔をしているのに、小さな子供の背をみんなのもとへ行くよう言葉で押す。
でも士季君はいやいやと頭を振る。
「きゅーしきにはしぃ君しかいないから、いっしょにいてあげてるの!」
郭淮は随分変わった子に映るが、くっつかれている本人は違うようで、モアイのような無表情を僅かに緩める。
そんなことをしているうちに小さなヒーロー達が周りを囲んでいた。
「でらっくすごー〇いおーだぁ!」
子供達は口々にそう言って、士載先生のまわりをとたとた走り回る。
「なぁーあそぼー?」
そう言って士季君を見上げてきたのは昭君だ。その横から仲権君が顔を出す。
「ごー〇いじゃーは5にんあつまらないとチカラがでないんだって!」
「あ、おれごー〇いれっど!」
そうしたら次は昭君が名乗りだす。
「おれもごー〇いれっどだから!」
仲権君も負けじと言ってくる。そうしていると横から大きなつり目の女の子が入る。元姫ちゃんだ。
「わたしはごー〇いいえろー」
「ぼ、ぼくは…ごーかい〇るー」
なぜか顔を赤くしながら最後に呟いたのは誕君だ。
誕君がそう言ったとたんに、今まで士載先生にしがみついていた士季君が動き出した。
「ぶるーはしきのだ!あとでらっくすごー〇いおーじゃない!これはきゅーしきなの!だからこれもしきの!」
誕君がえっと顔を上げる。
そうしているうちに、士季君はなんと今まで朝から夕方まで少しも離そうとしなかった士載先生の腕から降りると、誕君の前に立った。
「ぶるーはしきのだから」
誕君の目がうるむ。
「じゃあ、たぁくんはぴんくにこうかんだ!」
ぱぁっとした笑顔で昭君が間に入ってきた。
「え、でも、ぴんくは…」
誕君が戸惑う。
「いい!たぁ君はぴんくがにあう!」
昭君は真剣な顔でがしりと誕君の肩をつかむ。そして。
「よし、じゃあゴー〇イジャーしゅつげき!」
昭君が遊具に向かって走り出した。
「はでにやろーぜ!」
そういって仲権君も昭君を追う。
そして次々と子供達は走り去っていった。
士季君も誕君と一緒にあとについていく。
ただ誕君は、まだ戸惑っているようで、たまに変な声を上げていた。
それを先生二人はただ見守っていた。
「小さな嵐のようでしたね」
そう言って郭淮が士載先生を見上げると、士載先生は言葉が胸に詰まり、何も言えないようで、ただ本当に優しく慈しむような笑顔で子供達をみていた。
やはりずっと心配だった子が、楽しそうに和にとけ込んで子供らしく遊んでいるのだから、嬉しくて仕方ないのだろう。
でも、ひとり先生の部屋に戻る士載先生の背中は少し寂しそうにみえた。
そんな士載先生の姿を見ていると、先程不純なことばかり考えていた自分が馬鹿らしく思えた。
郭淮は、よし、と気合いを入れ直すと、そら組の部屋に向かった。
午後からの準備をしなければ。
しかし、ちらりと胸にひらめく期待は、やっぱり仲権君のお迎えのことだった。

********

昼過ぎに入った親御さんからの連絡は、仲権君の迎えがまた遅くなるというものだった。仲権君の入っているそら組の先生である郭淮は、その連絡を晴れやかな笑顔で受けた。
そうして、西へと傾く日をながめながら、子供達とお菓子作りをする。
そうして作り終わる頃に、いつのまにか士季君がいなくなっていていることに気付くと、ガラス戸の向こうで、士載先生の腕に張り付いているところを見つけた。
お菓子作りに呼んでいるのだろう。自分が作ったものを食べさせるつもりなのかなと考えていれば、士載先生が申し訳なさそうに部屋に入ってきた。腕にはいつもの士季君がいる。
困ったように郭淮に相談してくるが、やっぱりその顔はすごく嬉しそうだった。

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