受けとって欲しいと差し出されたのは、淡いピンク色の小さな便箋だった。
三成は目を丸くする。
ああ、多分これはあれだ。中なんて見らずとも解る。
三成は驚きと困惑が入り混じりながら、おずおずとそれを受け取った。
なぜなら、それを渡してきた人物は三成が求めている人から随分と掛け離れていたからだ。
自分が好きなのは吉継。自分を好きなのも吉継。
しかし、目の前で手紙を差し出してくるのは、どこのクラスかも曖昧な女子だ。
まさか、全くと言っていい程知りもしない人から好かれているなんて三成は考えもしていなかった。
何より、視野が狭く目標に向かって突き進んでいくような三成には、思ってもいない横槍だ。
指に掛かる手紙の重みに三成は後悔した。
応えられるはずがないのに、何故受け取ったのか、混乱していたとしか言いようがない。
何より、無言で受け取れば、また、女子も無言で走り去ってしまう。
そうなってしまうと、手紙は無かったことに出来ず、三成の手に残ってしまう。
三成は頭を抱えたくなった。
普通、こういうモノはふたりきりという空間で内密にやり取りしなければならないものだ。
まさか、それを隣に吉継がいるというのにされるとは、大胆不敵にも程がある。
こうなれば、淡い恋の告白も、三成からすれば、嫌がらせでしかない。
案の定、吉継の機嫌は底辺まで落ちてしまった。
「なにが恋よ、欲に塗れた自分を正当化か、醜い」
学校の帰り道でも、いまだに吉継はぶつぶつと文句を言っていた。
「あの女がみつなりの何を知っている?上辺だけの判断であろ。己に逆上せあがって、貪欲な自己顕示を満たしたいだけよ、みつなりという肩書きで」
三成は吉継の横で、まだ封の切られてない便箋を持て余していた。
吉継は不機嫌さを隠しもせず、度々、三成の手にある便箋を睨む。
「あの女は好かぬ、汚い欲をみつなりになすりつけた」
吉継の様子は普段から随分と掛け離れている。しかし、三成はそれを苦く感じることはなかった。
それどころか、手紙には悪いが気持ちが弾む。
吉継がずっと自分へ特別な感情を寄せていることは、三成も理解していた。それは吉継の隣にいて、僅かに感じることしか出来ないものだったが。
しかし、どうだろう今日は。あからさまな嫉妬でしかない吉継の憤慨は、吉継からの想いを強く実感できた。
「みつなり、聞いておるのか?まさかぬしはその女に流される訳ではなかろ、先程からずっと嬉しそうにそれを見ているが」
吉継は誰が三成を喜ばせているかなどわからないのだろう。
「みつなり!」
三成の腕を吉継は強く掴み、向かい合わせた。
二人、道に佇む。
正面から見た吉継の顔は、必死で、今にも泣き出してしまいそうなものだった。
「まさか、先程の女とつ、付き合うわけでは、なかろ?…みつなりは、先程の女を好きになってなど、おらぬ、よな」
吉継の声は震えていた。
三成が肯定するように頷けば吉継はびくりと動揺する。
「これは、このまま返す、私にはよしつぐがいるから、受け取れない」
三成が不器用に笑えば、吉継はぽかんと口を開ける、肩の力も抜けてしまっていた。そして少しずつ赤くなる顔。
「だ、誰がぬしなどと」
吉継はどもる。それを嬉しそうに見つめれば、吉継は三成を睨んだ。
「われは恋も愛もあの女も汚くて好かぬ!そんなことを言えばぬしも同類よ!」
愚かよ愚か。最後に小さく呟いた言葉は三成へだけのものだろうか。
「何度も言っているであろ、恋も愛も人間の最も汚い欲を飾り立てるだけの言葉であると」
「それでもいい」
三成は吉継をまっすぐ見つめた。
「それでもよしつぐが好きだ」
吉継は言葉を失ったようだった。口を開けても声は出ない。
そして顔を真っ赤にさせると、吉継は吉継の全力を持って走り出した。
ばたばたと効率の悪い走り方であったが。
十メートル程離れたところで、吉継は叫んだ。
「もう!みつなりなど知らん!」
しかし、一時は走りつづけたものの、まだ三成から姿が見えるところで、吉継は立ち止まってしまう。
多分、息切れだろう。
三成は吉継へと走り出した。
軽く地面を蹴る。吉継までの距離なんて三成にしてみればすぐそこでしかない。
簡単に三成は吉継の隣に並んだ。
案の定、吉継からは荒い呼吸が聞こえてくる。
上気し涙ぐんだ顔を吉継はあげた。
三成は吉継の空いている右手を取った。ぎゅっと握り、少し背の低い吉継へ顔を寄せる。
吉継はなぜか抵抗出来ずに、三成を大人しく受け入れる。
こつん、と額が当たった。
それは吉継が覚悟していた衝撃とは大分違うものだ。
しかし、自分の目から物差しで計れば五センチもないだろう距離に、三成の色素の薄い目があった。
頭がくらくらする。
ただそれだけで、三成は離れていく。
「…今は、これだけだ」
三成は照れたように顔を逸らした。
しかし、繋いだ手はそのまま、自分のポケットへしまう。
三成はゆっくりと歩きだす。このまま帰るつもりなんだろう。
吉継は三成のポケットに手をさらわれたまま、引きずられるように歩きはじめた。
吉継も照れたのか顔を三成から背ける。
「ばぁっ…」
「か、みつなりめ」
「よしつぐ、聞こえてる」
それでも手は繋がり続けていた。二人とも体温が低くていつまでたっても温まりはしないのだけれど。
ぽつぽつと歩くいつもの帰り道。
何故だろう今までとは少しだけ違った景色に見えた。