われはトイレに行ってくる。
そう言って教室を抜けた吉継はいつまでも帰ってくる兆しがなく、三成は少し焦りのある歩みで吉継を探していた。
吉継が少しでも側にいないと三成は不安になる。
吉継は生まれた時からの病で、肌が所々火傷のように変色している。そのような風貌のため、いらぬ悪評を掛けられることが多いのだ。
何より、自分以外の誰かが吉継に触れているのではないかと考えると、その誰かに対して漠然とした怒りに駆られる。
教室から一番近いトイレは廊下をまっすぐ進んだ先にあった。
三成は早足でそこへ向かう。
トイレの前に着けば、欠けているスリッパが一対。
三成が男子トイレを覗けば、手洗いの前に吉継がぽつんと立っていた。
ふうと、三成は息を吐き出す。
「どうした、よしつぐ」
声をかければ、吉継は三成をちらりと振り返るが、すぐに頭を戻す。
三成は仕方なく男子トイレへと入っていく。
吉継の隣へ並べば、対面する鏡に二人が映っていた。
背の高い三成と、それよりも少し低い吉継が並んでいる。吉継は顔をなるべく隠すようにしているため、その表情はあまり窺えない。
三成が鏡越しに見つめていれば、吉継は寂しそうに溜息を落とした。
「鏡は好かん」
どうしてと三成が問えば、吉継はやっと三成へと頭を向けた。
「鏡はわれを映す」
補助のためかけられた眼鏡の向こうから吉継は三成を見つめる。
「…みつなりはかっこいい、われはこんなにも醜いというのに」
三成は息を詰めた。顔に血液が上る。
だけどすぐに厳しい表情になる。
「よしつぐが醜いなどあるものか」
「嘘をつくな」
「嘘ではない、よしつぐはきれいだ、本当にきれいだ」
吉継は顔色を変える。
「みつなりはわれより盲目よ」
そっけない言葉の吉継に、珍しく三成は反抗する。
「そんなことはない!」
「ぬしはそれを本気でいっているのか」
吉継は気色ばんだ泣きそうな顔で三成を睨む。
いつもの三成ならもうとっくに身を引いている。だけど三成は歯を食いしばって吉継を睨みかえした。
「…私のことはいくら否定したって構わない、だけど、私の好きな人だけは否定するな」
いつもの青白い顔を赤くさせて、吉継よりも泣きそうな顔でそう言う三成に、吉継は目を見開く。
そして辛そうに顔をゆがめる。
「もうよい、」
吉継は三成の横を抜けると、早足でそこを出ていく。
「われは気分がわるい、帰る」
三成はたったひとりの鏡を見たくなくて、顔を伏せた。
ただ遠くなる吉継の足音だけを追っていた。
今日だけは自分から謝れる気がしなかった。


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -