2010/11/29 02:03


石田三成は、いかにも昭和初期に建てられましたというような純日本家屋の前に立ち、丁寧にしかし家屋の主人へはっきりと聞こえるように引き戸を叩いた。
擦りガラスが静まると、そのまま、しんと家屋はだんまりを決めてしまう。
三成はきっちりと着こなしたスーツの襟をより整えるように手をやる。
三成の片手には鞄が持たれている。まだ中身の少ない軽い鞄を目一杯埋めるまでは帰らないと、三成は、心に決めていた。
しかし、中から応答がない。
まさか、家主は昼間っから出掛ける人ではないので、居留守か、と三成が訝しんでいると、人の気配なく、がらがらっと引き戸が開いた。
いつの間に出て来たのか、三成の目の前には、痩せた男が無表情で立っていた。
三成が話そうとする前に、その男は口を開く。
「原稿はないぞ」
「ちょっと待て、結果が早過ぎる。私は昨日も一昨日も待つと言って帰ったのだから、そろそろ仕上がってもいい頃だろう!」
素っ気なく閉まろうとした引き戸を三成は、がっしりと掴んだ。
「大体、どれくらい進んでるんだ、一枚二枚はあるんでしょう、いや、十枚五十枚、進んでいてもおかしくない!」
「いや、一枚も」
「は?!」
「一枚もない」
三成の絶叫が閑静な住宅地に響いた。
この家屋の主は大谷吉継といった。彼は作家で、有名とはいかないが、生み出す小説は一部から大きな支持を得ていた。
三成は出版社に勤めており、勿論、この大谷吉継の担当をしていた。
三成は、ずかずかと大谷の家に上がり込んでいた。
「私に、手ぶらで、秀吉様のもとに、帰れというのか?私は帰らない!絶対に、原稿を上げてもらう!」
「無いものは出ぬ」
「ふざけるなよ吉継!」
「ではぬしがわれが心地好くなり原稿を上げたくなるような不幸話でも持ってこい!」
大谷は三成よりも声を張り上げて、そう言った。
それに三成は怯む。
大谷吉継は、不幸作家と呼び名される程、 不幸事に長けた話を書いた。大谷の話に出て来る人物は、どんな幸せ者も、後書きの前には不幸のどん底に落ちる、また、不幸者とて、それ以上の不幸に引きずり込まれた。
何故こんな話が売れてしまうのかも、何故自分がこんな話の原稿を上げて貰うために必死になっているのかも、三成には理解出来ない。
しかし、自分はこの作家の小説を世間に出さなければならないという強い義務感で、三成は大谷の背を追った。
「これまで何度も資料を送った、取材もしにいった、十分だろう」
大谷の他人の不幸集めには、三成も大概、参加協力しており、体力精神力を擦り減らしていた。
「足りぬ、足りぬ、…やはり身内事がよいなあ、三成に不幸でも降れば、われは今日中にでも原稿が上げられそうであるが」
「…貴様、何を言ってっ…!痛っ」
三成は、足の腹に突き刺さる痛みを感じ、足を止めた。
歪む顔で大谷を見れば、ニヤリと笑っている。
三成は恐る恐る足を上げ、足の腹を見る。
紺の靴下の中、光る金色のもの。画鋲だった。
ヒヒヒッと、大谷のいかにも心地好いですという笑い声が下がった頭に聞こえる。
三成は所謂ストレスというものが臓器に溜まるのを感じた。
「…吉継、何故画鋲がこんなところに落ちている」
三成の声は震えている。
「ヒヒ、プチ不幸よプチ不幸、これは愉快よ」
ああもう絶対わざと画鋲落としてたな、と三成は嘆く。大体、プチ不幸ってなんだと、怒り狂ってやろうかと思ったところで、三成の携帯が鳴った。
三成は慌てて電話に出る。
「はい、石田です。…秀吉様!はい、はい、…いえ、今原稿を…、あ、いえ、まだ頂いては、いえ、今日中に、は無理かもしれま…はい!申し訳ありません!私が甘いからです!…え?あぁ!申し訳ありません、はい、…ま、ま、待って下さい、秀吉様?秀吉様ぁぁぁぁ?!」
三成は白い顔を直、まっ白くして、立ち尽くす。絶望の二文字がそこにあった。
その横で腹を抱えて笑っていた大谷は、三成の死んだような顔を見て、はっと表情を変えると、跳びはねるように書斎へと走り出した。
「ヒャヒャ、良い、これは良い!三成待っておれ、今すぐに原稿をあげるゆえ」
いかにも張り切った大谷の声に三成は震える。
「もう遅いぃぃぃ!」
三成は大きく足を踏み出した。
その途端に足の腹に刺さる痛み。
よく辺りを見渡せば、畳に板張りにいくつも光る金色の画鋲。
三成は獣のような咆哮を上げた。
大谷は必死に笑いを堪えながら、愛しい原稿に向かうのだった。



ということで、前々からネタだけはあった話を勢い(だけ)でやってしまいました
不幸作家大谷とその担当三成ネタ
現代パロディってやりやすくって、というより、戦国時代ってやりづらいので
ついついこんなんを作成してしまうんですよね‥
既に前の記事前言撤回ですが
三成が敬語使おうか悩んだんですが、結局微妙な感じに‥
でも思ってた以上に大谷が楽しそうだったので満足です
三成が秀吉様と電話口で話してるとこ打ってたら、なんかすごくじんときました
いつかバサラで秀吉様の下、生き生きとざんめつする三成が見たいなぁ‥
三成幸せだったのかなぁ‥
この感慨深さ‥!歳か!
とにかく大谷も三成も幸せそうで、たまにはこんな話もいいよねって思いました
元々、明るい話が性にあってるので
とにもかくにも、最近気付いたんですけど
石田軍はコンビ萌えはんぱないです
仲良しも好きだなぁ、不仲も嫌いじゃないけど

あ、気が向けば続きます
では、ここまで読み進めて頂きありがとうございました


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