Prologue


* * *

「ねぇ雅治これしってる?ネットでバズってるんだけどさ〜」
「んー」


女が見せてきたスマホの画面の"カラオケチャンプ"の文字に仁王はム、と顔をしかめた。


「俺そういうの興味ない」
「えー!本当凄いから見てよー!」
「うるさいのう……見たくないんじゃよ」
「あ……ごめん」


しゅん、と頭を垂れる女を他所に別の女が仁王の右半身にまとわりついて来る。


「雅治今日デートしてくれるんでしょ〜」
「あー、そうじゃったかの」
「もー、また忘れてたのっ!?部活オフだからって言ってたじゃん!!」


仁王雅治は全国でも強豪とされるテニス部のレギュラーでありその整った容姿と派手な格好からか言い寄ってくる女が絶えなかった。正直、めちゃめちゃ鬱陶しいと思うが、自分の右半身にまとわりついた女を無理に引き剥がそうとはしなかった。それこそ面倒だから。来るもの拒まず去るもの追わない。それが仁王雅治のスタイルなのだ。

しかし今日は何となくそんな気分にはなれなかった。


「また今度な」


そう言うと女は、絶対だからね!と頬を膨らませて仁王のそばを離れて行った。


「……カラオケチャンプ、のう」


1人になった廊下でそう呟く。


〜〜〜〜〜♪


「ん?」


ふと、聴こえてきた、気のせいかと耳を疑うほどの小さな声。耳をすますと微かだが聴こえてくる。丁度仁王のそばにあった階段の上からだ。

仁王はその声に誘われるように階段を登った。



階段を登ると屋上へと繋がる扉は開け放されていて、先ほどよりもはっきりと声が聴き取れた。


「……歌」


静かに屋上に足を踏み入れる。

そこにいたのは1人の少女だった。うなじ辺りで二つに束ねた黒髪が風に揺れる、大きめのメガネをかけ、指定の制服をきちんと着こなした少女。 

地味な印象を受ける彼女だが、その口から紡がれる歌はとてもきれいで力強かった。

そして何より夕陽に照らされた彼女の横顔からは溢れんばかりの楽しさが伝わって来て…………美しい、と思った。


「今の歌……おまえさん、じゃよな」
「……え?」


これが2人の出会いだった。


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