I like your singing voice
「………居ないし」
昼休み、私はいつもより少し大きな弁当箱を抱えて屋上に来ていた。また昨日みたいに大好きなおかずを取られたら嫌だからいつもよし少し多めに作ってきていただけ。あくまでも自分のために、だ。
なんだ、いつも通り一人ってことは好きなだけ歌えるじゃない。いつもの場所に座って、スマホから音楽を流してお弁当を広げる。改めて多めに詰めたおかずを見て、少し、寂しいと思ってしまった。
分かってたのに、気まぐれだって。
「……〜〜〜♪」
無意識だった。流していた流行りのアップテンポの曲を止めて、無意識のうちに歌っていたのはあの日、ステージで歌えなかったあの曲だった。確か、離れ離れになってしまった想い人に向けた歌だったっけな。
なんでこの歌が浮かんだんだろう、とぼんやり考えながら歌を紡いだ。ああやっぱり、誰もいなければ歌えるんだけどな。
そう思いながらふと空を見上げたときだった。
「っ、え」
「よう」
「え、え?何でそんなとこ、え、何してんですか」
全く気がつかなかったしまさかそんなところにいるなんて考えもしなかった。背もたれにしていた塔屋の上から仁王先輩が顔だけを出してこちらを見下ろしていた。
「そういう歌もええのう」なんて言いながら降りてきた仁王先輩は、それが当たり前みたいな顔をして私の隣に腰を下ろした。何なんだこの人は。
「仁王先輩こわいです」
「なんでじゃ」
「だって普通、そんなとこに居ると思わない……」
「空気になろう大作戦成功ナリ」
なんですかそのダサいネーミングは。
「俺が見当たらんくて寂しかったじゃろ?」
「は………別にそんな事ないですけど」
「ちなみに俺はおまえさんが来る前からおったから『………居ないし』も聞こえちょった」
「く、」
正直、誰かと過ごす休み時間なんて久しぶりで不覚にも楽しいと思ってしまってたんだ。勝手に期待して勝手に落ち込むのなんてごめんだから認めたくなかったけど……本当は今日も居るんじゃないかって期待してた。
しれっと私からお弁当を奪って卵焼きを頬張り始めた仁王先輩を見ていると自然とため息が溢れた。
「なんじゃ、人の顔見てため息とは、失礼なやつじゃの」
モグモグと口いっぱいに詰めた卵焼きを咀嚼しながらそう言う先輩は頬がリスみたいに膨れていて少し可愛らしかった。
駄目なのに。
「ダメですよちゃんと飲み込んでから喋らないと」
「おー、デジャブじゃ」
これは仁王先輩の気まぐれで、いつか私に興味が無くなる事は分かりきっているのに。この時間がずっと続けば良いのに、なんて思ってしまった。
「あ、そうじゃ名字」
「はい?」
「さっきの歌、録音しとったから」
はい?
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