名部の悪夢とイレイザー


今から12年前、町中を恐怖に陥れた恐ろしい事件があった。事の発端は敵《ヴィラン》によるショッピングモールの襲撃。たまたま居合わせた少女の個性が暴走し、人々を恐怖の渦に巻き込んだ。

のちに『ゴースト』と名付けられる少女の個性は、無数の霊体を操ることが出来る。霊体に触れた相手に自分の考えていることや思い、感情を伝えることができ、逆に、相手の感情や考えていることも大まかにだが分かるこの個性。

『……るるちゃんが……居なくなっちゃった……やだ……やだあ!!』

当時少女が大切にしていたぬいぐるみを敵に踏みつけられた。大切な友達を失った少女の身を襲った計り知れない恐怖。そのショックが引き金となり、暴走し、制御を失った無数のゴースト達は人々の脳に直接、少女と同様の恐怖を植え付けた。

この場に居合わせた人々の話では、ゴーストが触れた途端大切な人が踏み潰させる映像、おぞましい程の憎悪の感情が流れこんできたという。そして“一生物のトラウマ”だと語った。

『返してよ……』

少女の個性は、モールを襲撃した敵にも例外なく恐怖を与えた。後ずさる敵に追い打ちをかけるように少女の個性のもう1つの力が暴走。

『返して……ゆめこのるるちゃん返してよ!!!』

敵の目前に、突然、ショッピングモールの天井を突き破るほど大きな少女の分身が現れたのだ。少女の分身は大きな声を上げて泣き血の涙を流していた。

恐怖のあまり腰を抜かして許しを乞うた敵はすぐに駆けつけたヒーローに取り押さえられたが、なおも少女の個性は止まらなかった。プロヒーローでも手をつけられずにいた、そんな泣きじゃくり暴走する少女を止めたのは当時高校を卒業したばかりの新人ヒーローだった。

見たものの個性を消す個性を持つそのヒーローのおかげで、たちまち少女から生み出されていたゴーストも分身も姿を消し元の平和なショッピングモールが姿を表した。


3歳の小さな女の子が巻き起こしたその事件は後に『名部の悪夢』として伝えられることになった。









「どうしたイレイザー、この女子が気になるのか?」

プロヒーローイレイザーヘッド、こと雄英高校の教師である相澤消太《アイザワショウタ》は実技試験の映像が映し出されたモニターを見つめ12年前の事件のことを思い出していた。

「マイク……名部の悪夢、覚えてるか」
「あー、そりゃ確かお前のプロになって初めての現場だったろ? 女の子の個性が暴走したってやつ」
「その時の子供だよ」


その言葉を聞いた同僚であるプレゼントマイクは、モニターを覗くと、驚いたように声を上げた。

「へえ……てか、強くね!?」

驚くのも無理はない。モニターに写った女子は攻撃性の無い個性を持ちながら他を圧倒する身のこなしでポイントを稼いでいるのだ。


「個性により状況をいち早く把握し、ナイフにより敵を行動不能にする。そして次の行動に移るまでの迷いのなさ……情報力、判断力、身体能力に置いて秀でている。よっぽど努力したんだろうな」
「イレイザーが1人に肩入れすんの珍しいな。やっぱ思い入れがあんのね」
「……………………………………多少はな」

あの時、イレイザーは泣きじゃくる少女に新しいぬいぐるみを買ってあげた。潰されたるるちゃんの代わりにはならないかもしれないが、他にいい案も浮かばなかったのでそうした。今度はちゃんと守ってやるんだぞ、と言って手渡すと少女は控えめに笑ってありがとうと言ってくれた。そして


『ゆめこ……この子のヒーローになる。ううん、この子だけじゃなくて、みんな守れるヒーローになる!』

ぎゅ、とぬいぐるみを抱きしめてそう言う少女の頭を撫でたのを覚えている。


強くなったんだな。と思うと、自然に上がりそうになる口角をぐ、とこらえてモニターに意識を集中させた。堪える理由は、そうしないとマイクがうるさいからだ。既に入試の結果は出ている。この女子……幽城夢子は文句なしの合格だ。もちろん審査は公平に行った。贔屓なんてしなくても受かる実力が彼女にはあった。

「なろうか……」

みんなを守れるヒーローに。
普段なら絶対にこんなことは言わないがマイクの言う通り、既に肩入れしてしまってるのかもしれないと思った。自分のクラスにならないようにして貰おう、と誓うイレイザーだった。


「ニヤついてんぞイレイザー」
「うるせえ」

どうやら無駄な努力だったらしい。


「イレイザーお前……ロリコンにはなるなよ」
「ならねえよ馬鹿」



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