練習試合も全力で
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* * *


王者、と言われている立海大附属との練習試合が組まれた事を知らされたのはほんの一週間前だった。相手にとって不足なし、下剋上のチャンスだと気合を入れていた俺だが一つだけ危惧していたことがあった。


「なんや、立海のマネージャーえらい可愛らしい嬢さんやな」
「知らねーのかよゆーし、あれ日吉のイトコなんだぜ」 
「はあ?全然似てへんやんめっちゃ可愛ええやん」


そして練習試合当日、立海ベンチで無駄に良い笑顔を振りまいている自分の従姉妹の姿に頭を抱える。すぐそばで先輩たちもそんな彼女の話を始めたのが聞こえて心底呆れて気がついたら今日一番の溜め息を吐き出していた。

だから嫌だったんだ。立海があの人をマネージャーにしようとしていたのは知っていたしあの人自身がテニスに未練を感じていることも分かっていたからいつかこうなるだろうと思っていた。でも俺に一言くらい断っても良いじゃ無いか。

それに、天然人たらしのあの人の事を陰ながら想っている人は沢山いるわけでそんな奴らがあんな、ムカつくが顔の整った男達に囲まれて笑顔を振りまいている状況を目にしたらどうなる。逆上してあの人に危害を加える可能性だって無いとは言い切れないだろう。

というかあんまり日向に立たせるなよ、ジャージを着てキャップを被ってるとしても少なからず紫外線を浴びてしまうじゃないか。

俺は苛立った気持ちを隠すことなく忍足さんを睨んだ


「視界に入れないでください忍足さん、汚れます」
「阿保、視界に入れたくらいで汚れるか。汚れるっちゅーのはもっとこう、あんなこ」
「気持ち悪いです辞めてください」


ニヤニヤと口角を上げて良からぬことを言おうとしていた忍足さんを遮って冷たい視線を送る。本当にこの変態眼鏡は何をしでかすか分からない。この瞬間絶対にあの人には近づけないでおこうと心に決めた。




そんな事を言っているうちに練習試合が始まろうとしていた。都大会前の調整、だと部長は言っていたが絶対に手を抜くつもりは無い。なんせ俺の相手は切原だ。かつてのルームメイトで、少々頭が弱いところはあるが実力は間違いない、そしてお互い先輩の卒業後各校を背負って来たという自負がある。絶対に負けられない。

そう思っていたのに。


「もう、大会前なのに何考えてるの二人とも」
「すみませんッス……でも鈴先輩に手当てしてもらえるなら怪我するのも良いかもしれないッスね!」
「はーいバカなこと言わないでくださーい。軽い擦り傷だけだから良かったけどさ、全く何で先輩達も止めないのよ。肘とか手首とかには違和感ないよね?」
「大丈夫ッス!」


俺は負けた。お互い全力で戦って試合終了後には何故かお互い擦り傷だらけになっていた。滑って膝も擦りむいたしボールが顔にも掠った。それ程までに熱くなって我ながら馬鹿だと思う。切原と二人並んで鈴に手当をして貰いながら、俺は赤く滲んだ自分の膝を見つめていた。「はい、赤也くんはもう戻って良いよ。暫く絆創膏外しちゃダメだからね!」そんな声が横から聞こえて顔を上げると、お礼を言いながら去っていこうとしているところだった。咄嗟に呼び止めると切原は不思議そうに首を傾げた。


「次は絶対に負けない」
「いや、次もぜってー俺が勝つ!!」


そう言って切原は俺の背中を叩いて立海ベンチへと戻っていった。それを微笑ましそうに見ながら俺の手当をしようとしている鈴に更にムカついて顔を背けた。


「ねえ若、やっぱり怒ってるよね?」
「別に。さっきも言っただろそんな気はしてたって」
「うん、やっぱり私テニスが好きなんだよね。あと立海のみんなも」
「ふん……というか何であんたが俺の手当てまでしてるんだ」
「んー、久しぶりに若とお話したかったから?」


そう言ってえへへと笑う従姉妹に怒る気力もなくなった。恐らく負けて落ち込んでる俺を励まそうとしているつもりなんだろう。絆創膏が貼られた頬を指で突いてくるこの人はいつまで経っても俺のことを子供だと思っているんだろうな。



「もう良いだろ。戻らないとD1始まるぞ」
「うわ本当だ、ちゃんと応援しないと丸井くんに怒られるんだよね」
「それは怒るだろう」
「じゃーねわかちゃん、あんまり無理しちゃ駄目だよ!」
「おい」


その呼び方は辞めろと言っただろ。と軽い足取りで立海ベンチへと戻っていく鈴の背中を睨みながら自分も氷帝ベンチに戻るべく溜息をついて立ち上がった。そして振り返ると薄く笑みを浮かべている忍足さんと櫻木がいた。クソ、聞いていたのか。


「なんや日吉、イトコにわかちゃん呼ばれとるんか」
「呼ばれてません昔の話です」
「日吉あんた植原さんの前だとあんな顔するのね」
「うるさいぞ櫻木お前にだけは言われたくない」
「愛乃は跡部の前でだけ可愛い顔しとるもんな」
「跡部さん以外に可愛いと思われてもぜんっぜん嬉しくないんで。忍足さんとか論外なんで」
「自分ら俺一応先輩やで?」


頭を垂れて落ち込んだフリをする忍足さんを無視して俺は歩みを進めた。自分が鈴の前でどんな顔をしているかなんて知らないが、多分締まりのない顔をしているんだろうと思う。それはでも櫻木が跡部さんに向けるものとは全く違う感情だとはっきりと言える。

もし鈴の身に何かあったら俺は立海の奴らを許さないだろうな。



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