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……何だろう、この感覚。じんわりと温かいものが身体を流れていくような……ぽかぽかする。身体に力が入らないけどなんだか気持ちが良い。天国ってこんな感じなのかな。こんなに気分が良いなら天国に行くのも悪くなかったのかも……なんて。

あれ、もしかして私またしんだ?今度こそ本当に天国来ちゃった!?ってそれじゃ、


「ッ……ナミ、サンジくんッ、」


ハッとして勢いよく起き上がる。あたりを見渡すとそこは知らない部屋で、私は何故かびしょびしょに濡れていた。濡れている理由は私がいる場所がお湯の張られた湯船の中だからで、側には赤いベストが浮いていて。

赤いベスト?浮いてる?


「ル、ルフィくん、ちょっ……と、生きてるルフィ…?」


浮いているそれを力の入らない腕で揺すると、ぶくぶく水面に泡を立たせながらガバッとルフィくんが顔をだした。ぜえはあと肩で息をするルフィくんは苦しそうではあるけどちゃんと生きていた。良かった。


「ハァ、ハァ……ユリか、良かった、無事だったんだな……おれ、気を失ってたから……」
「ルフィくんこそ……元気そうで安心した」


多分私たちは全身凍傷になりかけてたんだと思う。あれだけ長い時間吹雪に当たりながら山を登って来たんだから当たり前だろうけど。多少荒くはあるけど私たちがこの状態ってことは、ここに見当たらないナミとサンジくんも既にドクターが処置してくれている可能性が高かった。

すぐにでも探しに行こう、と無理やり身体を動かして湯船から這い出る。誰かが用意してくれていたのであろうタオルを有り難くお借りして濡れた身体を拭きあげた。服もずぶ濡れだけど、脱がされてるよりマシだと思って仕方なく上からコートを羽織った。うん、すぐに冷えそうだなこれ。

ちなみにルフィくんは「先に行ってるぞ!!」と言って出て行ってしまった。犬とか猫がするみたいに水気を飛ばしていて本当に風邪をひかないか心配。風邪になったことないらしいけど。

そんなルフィくんの後を追うために私も部屋を出ようと扉に手をかけた丁度その時だった。ギイ、と音を立てて扉が開いたかと思うと目の前に一つの小さな影が現れた。たぬき?鹿?ぬいぐるみ?なんと表現すれば良いのか分からないそれは、驚いた顔で両腕に沢山の荷物を抱えたまま固まっていた。鹿っぽいから鹿ってことにしとこう。ツノあるし。


「お、お前もう動けるのか……!?体痛くねェのか!?」
「あ、そういえば痛い、かも」


言われて改めて自分の体を見てみる。体が暖まって気分が良くなっていたお陰で忘れてたけど、言われてみれば両腕ボロボロじゃん。まって、意識したら急に痛くなってきたんだけど。どうしよう、とオロオロしていると鹿さんは手当てするからと言って私を別室に案内してくれた。

案内された部屋はベッドや見たことのない器具、薬品などがある少し不気味な、だけど消毒液の匂いがしてどこか懐かしさを感じる部屋だった。言われるがまま椅子に座らされ、手当を施される。やけに手際のいい鹿さんに目をぱちくりさせた。


「きみ、お医者さんなの?すごいね」
「ほ、褒められても全然嬉しくねェぞコノヤローが!!」
「すごい嬉しそうに見えるけど……ねえ、他の仲間も治療してくれたの?赤ベストの他に二人いたと思うんだけど」
「女はドクトリーヌが治療してとなりの部屋で寝てるぞ。もう一人の男はそこに……アバラ6本と背骨にヒビが入ってたんだ。おれがオペしたからもう大丈夫だぞ!!」


褒められて嬉しそうにクネクネしながら指した部屋の隅にはベッドが並べられていて、確かにその中の一つに黄色い髪が横たわってるのが見えた。ナミも既に治療済みらしく一先ず安心だ。原因とか経過の事とかはそのドクトリーヌ、に聞いた方が確実だろう。

それにしても手術まで出来るなんてこの鹿、何者なんだろう。鹿か。いや、鹿か?


「今更なんだけどさ、きみって一体なに?やっぱり鹿?」
「おれはトナカイだ!!」
「ああ、トナカイなんだ。確かにトナカイもツノあるね……名前は何て言うの?」
「チョッパー、だけど………………………お前、おれが恐くねェのか?」
「え?」
「おれ、トナカイなのに二本足で立ってるし、喋るし……青っ鼻だし。人間はみんなおれのこと恐がるんだ」


そう言って、鹿さん改めトナカイさん、もといチョッパーくんは私を治療していた手を止めて俯いてしまった。そうか。そっか。

正直初めにチョッパーくんを見たときは驚いた。彼自身が言う通り、動くし、喋るし……鼻が青いのは別に気にならなかったけど。でもそれはこの世界じゃ当たり前なんだと思って何も言わなかった。何が当たり前で、何が当たり前じゃないのかも分からないし。この世界の全てが私にとってはイレギュラーだし。

驚きはしたけど、恐いか恐くないかで言ったら恐くない。なんなら獣型の自分を鏡で見たときの方が恐かったし、サルと会話できる自分の方が気味が悪い。

それに。


「きみが何だとしても、丁寧で正確な処置ができる素晴らしいドクターだって事に変わりないしね。一応私も医療者の端くれだから分かるんだよね〜」


チョッパーくんが処置してくれた手を掲げて軽くヒラヒラと振ってみせた。驚いたように目を丸くしている彼にニッ、と笑いかけるとチョッパーくんは帽子を深くかぶって顔を隠して、顔は見えないがすぐに鼻を啜る音が聞こえてきた。


「お前……変なやつだな……医療者っ、て….お前も医者なのか……?」
「……ううん、ナースなんだけどね。うちには医者がいないから、優秀なお医者様がいてくれて本当に良かったよ」
「へへ……ドクトリーヌは最高の医者なんだ。あの人間もドクトリーヌの薬を飲んだからもう安心だぞ」
「きみだって最高の医者だよ」
「う、うるせえ!!人間なんかに褒められたって全然嬉しくねェぞコノヤローが!!」


顔をあげたチョッパーくんの目には涙がたまっていたけど、また嬉しそうにくねくねしていてその様子を見ているこっちも嬉しくなった。多分、彼はトラウマのようなものを抱えているんだと思う。今までは恐がられてばっかりで評価されてこなかったんだろう。
私はチョッパーくんの事を本当に凄いと思ったし彼よりも素晴らしいというDr.くれはに早く会ってみたいと思っていた。

改めてチョッパーくんにありがとう、とお礼を言うと彼はまた嬉しさを全身で表現していてああ、感情を隠せないタイプなんだなと思った。


「サンジくんも重傷だったんだもんね……」


自分の手当てもしてもらったことだし、と部屋のベッドで眠っているサンジくんの顔を覗き込むと、サンジくんは静かに寝息を立てていてとてもじゃ無いけどチョッパーくんの言っていたような重傷者だとは思えなかった。まだ麻酔が効いているってものあるんだろうけど、やっぱり医者の腕が良いんだと思う。本当に無事で良かった。


「ねぇチョッパーくん、ナミの様子も見に行っても大丈夫かな?ドクトリーヌ……Dr.くれはにもご挨拶したいんだけど」
「まだ寝てると思うけど様子を見るくらいだったらいいぞ。ドクトリーヌも隣に居るはずだ」
「分かった、じゃあちょっと行ってくる」


お礼だけでも早く言っておきたい、と隣の部屋に行こうとサンジくんの元を離れて扉に向かった私を「あ、ちょっと待てよ!」と呼び止めたチョッパーくんを振り返る。


「どうしたの?」
「おまえともう一人風呂に居たやつはどこに行ったんだ?あいつの手当てもしねェといけねェのに」
「あ」


ルフィくん、忘れてた。私より先に出て行ったはずなのに此処には来ていない。てことは隣のナミのところにいるか、はたまた迷子か。

うん、後者な気がする。


「まぁ……ルフィくんなら放っておいても大丈夫だと思う。そのうち見つかるよ」
「そ、そうなのか……おまえら頑丈なんだな」
「んー、普通の人間じゃ無いしね〜。じゃ!お隣行ってくるのでもしルフィくんがここ来たら伝えといてね」


そう言って私は今度こそ本当にナミの元に向かった。またチョッパーくんが何か言っていたような気がするけど、扉の閉まる音に掻き消されて何も聞こえなかった。後で聞き返せばいいや。



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