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!不動視点

俺は馬鹿だった。
・・・・
あいつらに見下されて。もう何もかもがどうでも良くなって、生きる意味さえ分からなくて。このままこの汚いゴミ捨て場みたいなとこでのたれ死んでも、まあ別に悪くはないなって。思っていても、この冷たくなった体が叫んで何かを求めていた。

都会の夜は生温かいはずなのに何故かその時は異常に寒かった。寒い、寒い。頬が何だか冷たかった、そこが特に寒かった。その原因を考える程、心に余裕も無かったのだ。

あいつらに求められているんだと過信していた時の自分が心底腹立たしく感じて、死にたかった。死にたかったのに。求めていた。

ああ本当に今日は寒いな。寒いのは嫌いなんだよ、…小さい頃から。

路頭にさまよっていた時。やけに小奇麗なおっさんが目の前に立っていて。
涙が流れているのを、俺はそいつに指摘されて初めて気付いた。

「どうして泣いているんだい?」
別に泣いてなんかねえし。

「一人なのかい?」
好きでそうしてるんだ。

「怯えなくて良いんだよ」
怯える?誰が。

だから一緒においで、私には君が必要なんだと。心ではそいつの言葉を否定していた、何というか…誰かに助けられるっていうか同情を向けられる事っつーの?嫌いだったんだけど。そんな事言ってる余裕なんて、涙に気付かなかったくらいだから。
特に人肌恋しい孤独なあの時の俺が欲しかった言葉をくれた。うんうんとただ頷いた俺。あれは本当、超惨めだった。でも、素直に言って嬉しかったのだ。

あの時は、こんな汚い俺でも助けてくれる親切な奴がいるんだと。求めてくれる奴がいるんだと。信用しきってホイホイあとについて行ったから馬鹿だった。

既に金を握らされて後戻りが出来なくて、体を要求された。俺が拒否出来ないのを良い事に、遠慮なしにあのクソ気味悪い男は。

一晩だけの関係。上も下も分からなくなった俺はただ自分でもありえない位気持ち悪い声で喘いだ。そうすれば少し力を緩めてくれたから。また涙が出た。孤独とは違う涙だった、濁っていた。怖かったけれど、それ以上に自分自身に絶望していたのだ。

今回も同じだと思った。性別が変わっただけだ。可愛いとも、綺麗ともとれる女に息を飲んだ。生臭いおっさんじゃ無かっただけマシか、女であるなら今度は俺が主導権を握ってやる、なんて。そうして挑発する様に、出来るだけ妖艶に誘った。持っていた金も既に底をついていたし、むしろ丁度良いと思った。そんな自分に吐き気がした。所詮中学生な訳だから、こういう事でしか稼げないと理解させられる世界さえ憎かった。そうだ憎いのだ。あいつらと同じ。

覚悟していた。なのに女は風呂に入って来いと言う。行為をするために、綺麗にして来いと、そういう意味なのだと理解したが服を脱いで肌が寒気に晒された瞬間震えが止まらなかった。理由は寒いというだけで無くて。

「くそっ…」
何でこうなったんだ。自然に蛇口を捻る手に力が入り、勢い良く流れ出す生ぬるい湯は俺のプライドと共に流れて行った。
でもやっぱり怖くて、女の言動や行動一つ一つに怯えて、駄目なんだよこんなんじゃ!強くならなくちゃいけないのに。

女が風呂に入った後、部屋の電気を全て消す。どうせヤるのなら俺が上に立ちたい。子供染みた発想だがまだ中学生な俺っぽくて良いだろ。

俺の思惑通り女を寝室に連れ込んだ――…かと思えばすぐに形勢逆転して。反射的に抵抗しても、まだ相手のが強くて、やっぱり怖くて。

何をされるのかとビクビクしていた。だが女はこめかみにキスをひとつ落としただけで、それ以上何もしてこなかった。嘘だろ?

抱かないのかと問うた。すると女は血相を変えて俺を叱りつけた。もっと自分を大事にしろだの何だの。そしたらまた涙が溢れて止まらなかった。えんえんと縋りつけば女は俺を安心させるために、幼児をあやすように抱きしめた。何だよそれ、何なんだよ。
違ったのだ、俺の目の前にいる女は。名字名前という人間は。

この時の涙も、濁ってたのだろうか。どちらにせよ、もう泣くのはこれで最後にしよう。孤独に耐えるのも疲れてしまったから。
迷惑かけた分この女の前からは早く消えていなくなろう。
ゴミ同然の扱いであっても、戻れば家がある俺はまだマシな人生送ってるはずなんだから。
認めたくはないけれど。



チュンチュン、と鳥の鳴く声が耳に入った。薄ら目を開けようとすると窓から差し込む光が眩しくて思わずぎゅっと瞑る。朝になったのか。俺はむくりと起き上がると目を見開いてぎょっとした。六畳程のフローリングにベッドとクローゼットしかないその部屋がやけに狭く感じた。俺は今まさにそのベッドの上で上半身を起こしている状態なのだが、何故か俺の隣で無防備にすやすや眠る女の姿があった。名字サンだ。
何で一緒に寝てるんだよ…。と変な気がする矢先手に違和感を感じる。げっ。俺の手があろうことかお姉さんの腕を強く握っていいたのだ。慌てて離すと、かなり強く握られていたお姉さんの腕にはくっきりと赤い跡がついていた。うわあ、悪い事をした。

何とも言えない気持ちでベッドから降りると、ギシリと言う音が響いて、やべ、と思った瞬間にはもうお姉さんは目を開いていた。くそ、お姉さんが目覚める前には消えようと思ってたのに。

「ん…ふあ、おはよぅ明王君」
「あ…、え…と……。わり、おこした」
「――…どこ、行くの」
「どこって」

家に帰る、と。それだけ言って部屋を出て行こうとする俺にお姉さんは「待って」と言う。
眉を下げてやけに悲しそうな目で俺を見る。何だよそれ、同情じゃないよな?
昨日で分かっただろ、俺超迷惑かけたし。でも返せるもんなんて何もないから。と言いつつも、本当は帰りたくなんてない。あいつらのとこに帰るくらいだったら、またあの路上生活…悪くはないかもね、またお姉さんみたいな人に出会えたら。俺は意味ありげな笑みを浮かべて、泊めてくれてさんきゅとその部屋から出て行って、何故か焦って玄関まで小走りで行く。すると、がしっ、と服を後ろから掴まれる。
お姉さんは、今度は眉間に皺を寄せて怒っている様子だった。服を引っ張ってる手に力が入ってるのも分かった。怖っ。

「なっ何だよ!迷惑かけて悪かったです俺はもう消えるんで気にしな」
「馬鹿野郎!!」
「ばっ…?!」
「その服気に入ってるの、着て帰るなんて許さないわよ!」
「なっ」
そこかよ!と俺が呆れた風に言うとお姉さんはまだ怒っている。
そういう問題なのかと聞けばそういう問題なのよと返される。はいはいそーですかそーですね!昨日の事で弱み握られてるから本当はさっさと消えたいんですけどね!

「じゃあ昨日着てた服返してくれよ」
「まだ洗濯機の中よ、乾かしてない」
「この服貸し…」
「それはゼッタイ駄目!」
「っんだよ!じゃあどうすりゃいーんだよ!」
俺は声を張り上げた。昨日あんな事があったのに、何だこの平和な空間。鼻や腹の辺りがむずむずして痒くて仕方が無い。俺の言葉に何やら百面相をして考えているお姉さんに若干イライラしていると、俺の視線はバッと顔を上げたお姉さんの目とガッツリ合う。何だこれ超恥ずい。

「ここにずっと居ればいいよ」
「…はっ?」
何言ってるんだこの人。少しは身の内を知れただろうが他人同然の俺を、まあ泊めたまでは良いにしろ『ずっと居ればいい』?何それ同情以外の何物でもないんじゃ?お節介もいいとこだ。

「お姉さんさア、自分何言ってんのか分かってる?」
「うん、大変な事言ってるのはまー分かってるんだけど、何せ頭悪くって。考えて言う前に口動くみたいな?…それに」
「……それに?」
「家に帰るって嘘でしょ」
「………」
「じゃあ尚更。明王君をまた元の生活に戻すの、忍びないし」
だったらここに居ればいいよ。私一人じゃ広すぎるんだもの、この家。そう笑ったお姉さんは、まるで聖人のようだった。綺麗な笑顔だった。こんな綺麗に笑う人、まだこの世界にいたんだな。こんな俺でも、“居ていい”なんて言ってくれる人、…いたんだな。本当、こんな事してこの人は、何考えてんだか毛頭も分からないな。

「わ、明王君。また泣いてるの?泣き虫なのねえ」
「ちげーよ、泣いてねーし」
今までの人生で流せなかった分の涙、今流してるだけだし。
なんて理屈っぽいか、と思いながらも言えばお姉さんはまた昨日みたいに、まるで子供をあやすように俺を抱きしめた。泣いてるんじゃない、とクスリと笑って。過去の俺からしたら、考えられないような光景だ。こんな事になるなんて思ってもみなかった。俺ってとことん闇って言うのがお似合いだと思っていたから。孤高の反逆児とか訳の分からない歯が浮くような肩書きまであったぐらいだし。ならとことん闇に乗じてやるとか思った時もあったわけだが今はそんなのどうでも良い。

だってここにいて良いんだろ。


(後悔するよ)
(もうとっくにしてるわよ)
(え)

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