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「……ひろっ」

私のマンションにつくなり、明王君は驚いていた。確かに15畳くらいのリビング・ダイニングであるし、仕事スペースである書斎と寝室に和室があれば一人暮らしには広すぎるかもしれない。私も思うがこれは親の知り合いに不動産屋がいて。駅から近いし広いし綺麗だし家賃も格安で提供してもらっているだけだ。あら、私って何て良い生活を送っているんだろう。

「男でもいんの?」
「いたら君連れてきてないよ」
だよね〜と。それは一体どういう意味かな明王君。彼をまじまじと見つめていたら、向こうからもこう、熱っぽい視線がきて、何だそれはと冷や汗をかいて目を逸らした。
中学生のくせにマセてやがる。彼女でもいたんかな。
とか何とか思いながら、自分のクローゼットからあまり女物っぽくない服を選んで、部屋の観察をしている明王君に綺麗に折りたたまれたバスタオルと共に手渡し、風呂場へと誘導する。
すると何故か明王君は驚いた様に目を丸くして、だがしばらくすると何かを納得した様に「綺麗にしてから、ね」と小さく呟いた。私には聞こえなかった。

「中にあるものは、勝手に使っていいから」
「んん」
こくりと確かに頷いた明王君が何だか素直で可愛いなと思って頭を撫でてやると、心底嫌そうな顔をされた。その手は制される。まるで、優しくすんなよ、とでも言ってるように。うわ可愛くない。でもそれは言葉には出さない。

「髪ふわふわしてるんだね。のばしなよ、可愛くなるよ」
ふわりと笑えば、嬉しくねえよと気まずそうな顔をされた。照れているのだろうか、彼は顔を俯かせてみせた。はあ。可愛いのかそうでないのか全く分からんなこの子は。

しばらく無言で俯いていた彼に「ほら、さっさと入ってきなさいよ」と急かすとまた頷いてゆっくりと脱衣所に入っていった。
全く不思議な子だ。子供が出来た気分。…まだ18だけれど。
私は眠い目をこすって明王君が上がってくるのを待つ。テレビもつけて、ふう。と完全リラックスモード。



十数分もしない内に明王君は体から白い湯気を漂わせながら上がってくる。何だ髪濡れたままじゃん。ドライヤー、と私はそこらへんに放っていたものを明王君に投げるように渡す。すると彼はあっぶね、とギリギリで受け取る。

「じゃ、私も入ってくるから。明王君はベッドで寝ててね」
「ああ、うん。……ねえ、お姉さんはさ、今日、俺と寝る……んだよな?」
「? まあそのつもりだけれども」
はは、と笑いながら明王君の頭に手を乗せてまた撫でてやった。でも心無しか彼が怯えているように見えた。やっぱり、とでも言うような、何かに絶望してるような。暗い表情だった。
何か不安なのかな、そう思って、私は明王君を安心させようと「大丈夫、私怖くないから、安心して」とだけ言い残し、自分も着替えとバスタオルを持って脱衣所へと入っていった。入る間際に見えた明王君の顔は、やはり暗かった。



お風呂から上がると、何故か部屋の電気がついていない。テレビも。つけていたはずなのになあと。誰だと言わなくてもやったのは明王君に違いない。もしかして明るいと寝られないタイプだとか?だったら超可愛いかも。でもこれでは何にも見えない。そろりそろりと明王君が眠っているかもしれないのでゆっくりと移動していると、グイッと強引に腕を引っ張られ「わぁっ!」と叫んだが相手の為すがままに、多分寝室へと連れていかれる。
そしてあろうことか乱暴にベッドへと突き飛ばされ、自分の体に人一人分の体重がかかっている事に気づく。一体何なんだ。いたた…と突き飛ばされた際打った頭を手でさすっていると、その手は誰かによって手首から握られる。誰か、なんて一人しかいないじゃないか。

「……何してるの明王君」
「おっせーよお姉さん、危うく寝るとこだったじゃん」
にこにこ。何その笑顔。汚い大人思い出すじゃない、まだ明王君子供なのにそんな顔どこで覚えたの。手首痛いし。という、文句の言葉は呑み込んで冷静に私なりの思考を巡らせよう。こういう子供のイタズラが過ぎる時って、大人の私はどう言えばいいの。……。そういう面倒臭い事は考えないタチなのである。感無量である。

「……別に寝ててくれて良かったのに」
「え?寝込み襲いたい系?趣味悪いねお姉さん」
「はあ?!」
明王君の言っている事がいまいち理解出来ないまま、私は頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。明王君はもぞもぞと私が動きにくいようにお腹の辺りに乗るため移動する。その度にギシリと一人用のベッドを軋ませるのは、まるで威嚇のようであった。
そして汚いものでも見るかのように私の事を見下す。そ、それが拾ってもらった身のする事か!と叫ぶ前に明王君の声が私のそれをかき消す。

「そっ」
「そのつもりで拾ったんだろ、あんなきったねー格好してた俺」
「何のことよ!さっさとそこどきなさい」
「純情ぶんじゃねーよ!一晩泊めてやるから一発ヤらせろって、そーゆー事だろ?!」
「は…」
はぁあああ?!呆れて叫んで。
やっと明王君の言いたい事が分かって、一気に顔が熱くなった私は明王君を睨みつけた。今の体勢を見る。なるほどそういう事。今時の都会っ子はやってくれますねマセてますね。まあ都会とか偏見だけれど何なの、本当に中学生なのこの子、マジ信じらんない。

私は目つきを変えて明王君の肩を懇親の力で押し、ぐるんと私との位置を入れ替えて、今度は彼をベッドへと沈めさせた。相手は驚いてそれに抵抗しているけど、ふむ。中坊と大人の女の力じゃまだ大人の女性の勝利ってわけね。はたまた私の力が強いのか明王君の力が弱いだけか。明王君の細っこい両腕を彼の頭上にひとまとめにすると。可哀そうに、怖いのか分からないけれど普通の子よりは丸くて大きい瞳に涙を一杯に溜めて明王君は私を睨んできた。

「〜〜…っの!ショタコン!!離せ!!」
「嫌よ。そっちから誘ってきたくせに」
「うっ…」
ちゅ、と彼のこめかみにキスを落とした。すると彼は面白いくらいに過剰に怯えた反応を見せて大人しくなる。何だろうこの反応は、まるで前にも同じ事があったかの様に明王君は従順だった。
ちょっとだけイジめたくなっただけなのに。私を悪い大人と間違った罰に。まあこんな事をしている私も悪い大人に変わりはないのだろうけれど。

やっと暗闇に目が慣れてきて、ハッキリと明王君の顔が見えるようになった。明王君はぎゅっと目をかたく閉じ、次に何をされるのかと、多分ひやひやしている。怯えている。
はあ、と盛大なため息をついて、私は明王君の両手を解き、上から退いた。

パチリと電気をつけ、一気に明るくなる室内、目がチカチカする。
そしたら明王君はばっと起き上がって、私が振り向くと、放心したようにポカンと口を開けて、おまけに目まで潤んで顔が赤いから。間抜け面、と怒りそうな言葉を放ったのに怒るどころか、明らかに焦っている明王君から発された言葉は想像していた「いじわる…っ」みたいな可愛いものでも何でもなくて。

「だ、抱かねーの……?」
「ばっ…」
抱く…抱く?!だだ、抱くって君何て事を言うの明王君!
こういう時に大人の私は何て言えば…ってだから私はまだ18なんだよ言って明王君とは4つしか違わないんだから教えようったって何教えるんですか馬鹿!もう私何したいの馬鹿!何で連れてきたんだよってソレは明王くんを助けたかっただけ…ってああだからそれが馬鹿なんでしょうが私の馬鹿!
もう言いたい事を言ってやろう。

「たかが中学生がヤる抱くとかマセた事言わない!もっと自分大事にしなさいよね!いくら男いない私でもねぇ、常識と非常識くらい分かってるわよ!」
「…はっ……?!どういう…だって……前、声かけてきたおっさん、は。」
「――…えっ?」
何だこれ、この状況。どうして?どうして、だってこの子、今にも泣きそ――…

「俺のこと、めちゃめちゃに、抱い…て……」
ぼろぼろと。予想してた通り明王君の両目からは今度こそ滝のような涙が溢れかえって。私は呆然とした。
マズイ事をした、冗談が過ぎた。明王君は心から傷ついていたのに。馬鹿な私はどうしたら良いのか分からなくて、考えるより先に明王君の体を自分の腕で包んでいた。

「違う、ごめん私。そんなんじゃないから。何もしないから」
だからそんな顔して泣かないでよ。明王君は嗚咽を上げてまるで幼い子供の様に私の体に縋りついてきた。確かな温もりを感じるために、必死に。だから私は、それに答えるように抱きしめ返した。

(何で私、こんな事しているんだろう)

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