世界にさよなら


ひらひらと外から入ってくる風に白いカーテンが揺れる。そんないつもと変わらない景色。そして今日も変わらず、外から視線を感じる。私一人しかこの白い部屋に人はいないし、ここは三階だ。視線なんて感じるはずがないのに、どうしてなのか。いつも誰かが傍にいる気がして仕方がない。場所が場所なだけに、どうしても目に見えない存在について頭が過るけど、その割りには嫌な感じはしないのだから不思議だ。


「今日は調子どう?」


扉がノックをされる音に振り向けば、ナースさんが様子を見に部屋へと入ってきた。血圧測るねーという言葉と共にいつものように慣れた手つきで作業を始める様を眺めながら、素直に指示に従う。


「今日は気分も良くて、調子もいいです」
「最近はだいぶ容態も安定してるみたいね。顔色もいいわ」
「それじゃあ今日は少しだけでも外に……」
「それはまだだめ。退屈かもしれないけど、まだしばらくは大人しくしててね」


今日も散歩の許可は貰えないらしい。毎日毎日ベッドに寝てるだけの生活なんて、とてもつまらないというのに。やることもなくただ寝て時間が経つのを待つだけの日々は、なんて勿体ないのだろう。この無意味な時間の先に待ってる結末なんて、きっと一つしかないだろうに。


「最近少し肌寒いから、窓閉めちゃうね」
「あっ!窓は閉めないでください」


血圧を測り終わっててきぱきと器具を片付けていたナースさんが、ふと窓に近付いたのを見て慌てて制止をかける。たたでさえ外に出られなくて不満が溜まっているのに、窓を閉められてしまったら息苦しい病室の空気に窒息死してしまいそうだ。私の制止の言葉に、何か一言くらい言われるかと思ったけど、ナースさんは窓を閉めようとしていた手を止めてその場に屈んだだけだった。


「はい。5円玉落ちてたわよ」


立ち上がったナースさんの手には、5円玉が握られていた。どうやらいきなり屈んだのはこの5円玉を拾うためだったらしい。私に5円玉を渡すと、「気分が悪くなったりしたらすぐに呼んでね」といつもの台詞を一言言い置いて部屋を出ていった。

ナースさんが拾ってくれた5円玉を見つめる。綺麗な5円玉はピカピカと光って見える。どうして私の病室に5円玉が落ちていたのだろうか。最近ずっと病室に籠っていた私はお金はおろか、財布にすら触っていない。そんな私が5円玉を落とすというのはなんともおかしな話だ。となると、お見舞いに来た人の物だろうか。…といっても、小さい頃から体が弱くて入院しがちだった私に友達と呼べるような存在はいないので、この病室にお見舞いに来てくれるのは両親だけなのだけど。

そこでふと、昔の記憶がぼんやりと頭の隅を過った。そういえば数年前に、一人だけ友達と呼べる人がいた、かもしれない。名前も、顔も、はっきりとは思い出せない。ただ漠然とそういう人がいたような気はする。あれは誰だっただろうか。なんとなく5円玉と関係があったような気もする。5円玉を拾ってもらって、そこから仲良くなったりでもしたのだろうか。全く思い出せない。だけど、なにか大切な約束をしたような……?


その日、一日ずっとその人のことを思い出そうと必死に頭を働かせたけど、結局何も思い出すことはできなかった。そして次の日目が覚めると、ベッド横の棚に置いておいたはずの5円玉はまるで初めから存在しなかったかのように、その場から消えていた。


それから数日。相変わらず何も思い出すこともなく、病室で寝るだけの日々が続いていた。今日は少し気分が悪い。もしかしたらもうそろそろなのかもしれない。
前までは入院する度に手術だったり検査だったりなんだかんだと慌ただしかったのに、最近は薬を飲んでただ寝るだけ。それなのに退院の目処はない。薄々なんとなく気付いていたし、覚悟はとっくの昔にできていた。…だけど、やっぱり怖いなあ。心臓が止まって、意識が消えるというの一体どういう感覚なのだろう。未知の世界が近付いてきているのがとても怖い。
気分の悪さから目を瞑れば、少し胸が苦しくなった。ナースさんを呼んだ方がいいかもしれない。そう思うのに腕は動かない。段々と息苦しさが増してきて、目を閉じてるはずなのに目の前がチカチカとしてくる。そんなときに唐突に頭を過ったのは、彼の顔だった。

ああそうだ、数年前今と同じように入院していた私に、彼は5円玉一枚でなんでも願いを叶えてくれると言ったのだ。だから友達になってと頼んだ。その頼み通り、自分のことを神であると名乗った彼は私と仲良くしてくれた。そしてあの約束をした。あの約束をして以来、私は違う病院に移って彼と会うことはなくなってしまったのだ。彼の名前は、確か、


「や、と……」


ふと、誰かに手を握られた感触がして重たい瞼を無理矢理開いた。意識がぼんやりとして視界がはっきりとしない中、それでも私の手を握って悲しそうに顔を歪ませた夜トがそこにいた。

そんな顔しないで、夜ト。
そう口にしたかったのに、それが言葉になることはなかった。




世界にさよならするときは迎えにきて


「夜トが傍にいてくれたら怖くないから、だからその時は迎えにきてほしいな」

約束を守ってくれてありがとう。



20150612

夜トがちょっとしか出てない上にしんみりした話で申し訳ない……。
一度くらいは書いてみたかった夜トを書く機会をくれてありがとう紗良!好きなように書かせてもらえたおかげで書いててとても楽しかった。

よもぎ


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