謝罪


…ずっと、ずっと後悔していることがある。


幼い頃、幾度か牛鬼の大きすぎる力をコントロールできずに暴走させてしまっていた桔梗。その場面を初めて見たとき、あたしは怖い、と思ってしまった。次々と桔梗の暴走によって倒れていく人達、それを何も出来ずにただ呆然と見つめていることしかできなかったあたし。初めて見る桔梗の暴走に驚いて突っ立ていただけのあたしは、急にこちらに向かってきた桔梗に反応出来るわけもなく牛鬼の力を一身に受けてしまった。

そして、気が付いたときには体のあちこちに包帯が巻かれていて、意識が戻った途端痛みだす体。そんなあたしを心配して訪れた桔梗。うつむきながらごめん、と謝る桔梗にあたしは大丈夫だと微笑んだ。…それなのに、その直後そっとあたしの手に触れようとした桔梗の手を、あたしは思わず振り払ってしまった。振り払うつもりなんてなかった。だけど、暴走した桔梗に対する恐怖が一瞬甦ってしまって、反射的に振り払ってしまっていた。その時の桔梗の悲しそうな顔が、今でも目に焼き付いている。

それ以来桔梗とは一度もしゃべっていない。
謝りたいと思いはしても、それはどうしても出来なかった。謝ったところで桔梗を拒絶してしまった事実に変わりはないのだ。それも無意識に。謝れば桔梗は許してはくれるかもしれない。だけど、謝ったところで、もとのような関係には戻れないような気がしてどうしても出来なかった。そんなあたしはただの臆病者で、結局は自分が傷付くのが怖いだけなのかもしれない。



一瞬でも桔梗を拒絶してしまったことを、あたしはずっと後悔している。






高校生になって同じクラスになった今でも桔梗との関係は変わらず、目が合うことすらない。桔梗が学校に来ることが少ないこともあってかほとんど関わることがないから同じクラスで気まずい、ということがあまりないのは唯一の救いかもしれない。そんなことを考えながらみんな下校してしまって誰もいなくなった教室で今日も学校に来なかった桔梗の席を見つめる。あたしの席から横にも前にも二列ずつ離れた場所にある桔梗の席はここからそう遠くはないけど、決して近くもない。そんな席を眺めながら静かにため息を吐く。今日はなんだか朝から胸騒ぎがして桔梗が気になって仕方がない。だから、一目でも桔梗を見て安心したかったのに桔梗が学校に来ることはなくて、でも諦められなくて放課後になった今でも桔梗が来ないか待っている。もう下校時間なのだから桔梗が来るわけないことなんてわかりきっているのにそれでも待ってしまうあたしはきっと正真正銘の馬鹿だ。きっと朝の胸騒ぎは気の
せいだったのだと自分に言い聞かせて諦めてもう帰るために鞄を掴んだ、そのときだった。朝と同じようで微妙に違う胸騒ぎ。今朝の胸騒ぎと違う点は急き立てられるような感覚。何かが騒ぐ。急げ、急げと。そして、その胸騒ぎについて考える間もなく気が付いたらあたしは、教室を飛び出していた。





何も考えずに全速力で走った結果たどり着いたのは人の少ない公園、であったはずの場所。本来の姿はどこへいったのか地震があったと言われればあっさりと信じてしまうほどの光景がそこにはあった。そんな場所に、桔梗は一人佇んでいた。あたしの存在に気付いているのかいないのか、こちらからは桔梗の背中しか伺うことは出来ない。ききょう、息を整えながら久しぶりにその名を呼べば桔梗が振り返った。全速力で走ったからかそれとも久しぶりに話す緊張からか心臓がうるさい。



「…桃太郎と、戦ったの?」



思わず呼び掛けたものの何を話していいかわからず少しの沈黙が訪れそうになったときに不意に出た言葉。これはただの勘だ。でも、確信があった。桃太郎は最近鬼の呪いを着々と解いていっていると聞いているから、そろそろ桔梗のところにも呪いを解くために来ていてもおかしくない。そして、その予想はどうやら当たっていたみたいで桔梗から静かに肯定の返事が返ってきた。



「……、」



桃太郎倒したの?そう尋ねようとしたのに、どこかふっ切れたような桔梗の顔を見てその言葉は飲み込まれた。どうしてだろう。いつもと変わらないはずなのに桔梗がいつもと違うように感じる。



「桔梗、なんだかすっきりした顔してるね」
「…そうか?」
「うん、…桃太郎と何かあった?」
「…別に、何もない」
「…そっか」



何もないわけが、ない。雰囲気が少しだけ柔らかくなったような気がするし、何かから解放されたような、そんな顔をしている。きっとそれは些細な変化。だけど、ずっと桔梗のことを見ていたからこそあたしにはわかる。



「…ただ、」



桔梗の言葉に無意識に俯けていた顔をあげて桔梗の方を見つめると、桔梗もまっすぐこちらを見ていた。



「俺は俺のままでいいと、そう教わった」



その言葉に、はっとした。桔梗は、ちゃんと前に進んでいる。なら、あたしは?ずっと悩んでるだけで全く行動しないあたしはきっと立ち止まっているだけ。後悔ばかりしているだけじゃ、なにも変わらないのに。…そう、このままじゃいつまでたっても今のまま。あたしも、前に進まないと。



「桔梗」



呼び掛けと同時に、桔梗との距離を縮めて桔梗を見上げる。昔はそんなに変わらなかった身長も今では明らかに桔梗の方が高くて、そんなちょっとしたところに月日を感じてしまいながらも覚悟を決めて口を開く。



「…本当はあたし、桔梗が暴走したときすごい怖かった」



あたしの突然の告白に桔梗は戸惑うこともせずに黙ったままだ。でもね、と続けるあたしの声を静かに聞いている。



「…昔から、どんな桔梗だってずっと好きだよ」



この想いに嘘はないと伝わってほしい、そう思って背伸びをしてそっと一瞬だけ唇を重ねた。





謝罪の代わりに


桔梗を拒んだという事実は謝ったって消えることはない。それなら、その事実が消えてしまうほど桔梗に好きという気持ちを伝えられればと思ったのだと、そう告げると桔梗の口元が少し緩んだ気がした。





130319


前々から桔梗でシリアスな話を書きたいと思ってて、今回ようやく書けました…!
でも、なんか思ってたのとちょっと違うから不完全燃焼…。いろいろと設定考えてたのに全く話に出てきてない不思議。


とりあえず一年以上もあたしで止めちゃって申し訳ない…。







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