朝、教室に入ると隣の席のあいつが真っ先に目に入った。


「名字…?」
「あ、はよー、泉」
「はよ、てかおま、髪…」
「え?あー、さっぱりしたでしょ!」


えへへ、なんて笑う名字は、昨日まで胸元まであった髪がいまでは肩より一センチあるかくらいまでの長さになっていた。
俺は呆然としながら名字の隣の自分の席につく。


「さっぱりしたって…、なんでいきなりなんだよ?もっと伸ばすとかいってなかったか?」
「あー…、失恋、しちゃった」
「は…?」


へらり、と笑う名字の表情は、冗談なのか本気なのかわからなかった。
それよりも、もし本気だったら俺も失恋だ。
こいつが好きだったから。


「…誰、なんだよ」
「え?」
「誰が、好きだったんだよ」
「い、ずみ…?」


俺は俯いている状態だから、名字からは顔がみられない。
だから、俺も必然的に名字の顔がみえないわけで。
こいつがいま、どんな表情をしているかわからない。
しばらく無言が続いた。


「…あのさ、」
「…」
「ご、めん…、冗談、なんだ…」
「は…、マジで…?」
「ほんとごめんね!まさか信じるとは思わなくて…」
「……」


申し訳なさそうにする名字に、思わず笑いが込み上げてきた。
だけどこのまま許してやるのも釈にさわる。
あんなに焦ったんだから、それ相応の罰を与えてやらないとな。


「泉…」
「許さねぇ。」
「えっ、あ、謝ったじゃん!」
「だから、俺の言うこと聞くまで許さねぇから。」
「え、な、なに…!!?なんでも聞くから…!!」


焦りだした名字に、優越感に浸る。
ただの悪戯じゃつまんねぇから…


「名字の、好きなやつ教えろ」
「は…、え、やだ…!!じゃなくていないし!!」
「ふーん、言わねぇ気なんだ?」
「う゛っ…、えー、で、でも…、言ったらばれちゃうし…」


戸惑っている名字の姿が、かわいくて。
自然と顔が緩んでしまう。
だけど、こいつの好きなやつが俺ではない他のやつだったら、なんて。
少し不安になりながら、名字の言葉をまつ。


「…」
「…っ…、い、ずみ…」
「…何?」
「だ、だから!泉が、私の…好きな、人…」
「え…?」


語尾がだんだんと小さくなっていったが、確かにさっき、こいつは俺の名前を言った。
少し信じられなくて、でも名字はこんなにも恥ずかしがりながら冗談を言うやつでもなくて。
本気で言ってるんだ、と思ったら、いつの間にか力が入っていた体から気が抜けた。


「あの、ご、ごめんね…、め、迷惑、だよね…!!わ、忘れて!あはは…」
「…名字、こっち向けよ」
「…っ…、」


強がって言う名字の顔は、今にも泣きそうな顔だった。
だから、そらした顔をもう一度こっちに向けるように言う。
けれど、全然こっちを向こうとしない名字。
仕方なく、俺は名字の腕を引っ張り自分の方へ向かせた。


「名字」
「――っ…!!や、だ、離してよ…っ」
「いいから人の話聞けって」


そう言うと、名字は俯いてしまった。


「…はぁ…、一回しか言わねーからな」
「…っ」
「俺も、名字が好きだ」

「――え…っ?」


俺の言葉を聞いたとたん、名字は顔を上げる。
困惑している名字を横目に、俺は前を向いた。


「い、ずみ…、さっきの、ほんと…?」
「もういわねーって言ったろ」
「…うん…」
「冗談であんなこと言わねーからな」


そういって名字に笑いかけると、名字も微笑んだ。
その笑顔に、俺は幸せだな、と思った。




彼女

(君の隣は特等席)



10.03.21 再録
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