門の近くで出会った子ども。 私が言えた義理ではありませんが、全く子どもらしくありません。 「貴方、お名前は?」 「そんなのないよ。ただ、みんなは“ひとり”ってよぶ。」 それを聞いて、私が最初に思った通りのみなし子だと確信しました。 その一方問いに対して、見た目の割にしっかりとした受け答え。利口そうな子です。 …まあ、あの世にいる方々の年齢なんて見た目で測れませんけれども。 木霊さんなんて私より幼く見えるのに私より遥かに年上ですし、閻魔大王は元々人間の割には更新世、あの白豚…白澤さんなんて確か白亜紀くらいから生きていますしね。 閑話休題。 「…何はともあれ、名前が無いのは困りますね。」 首を傾げてきょとんとした顔。 ああ、その顔は子どもらしく見えます。 「“ひとり”は名前には入らないでしょう。」 私ですら“丁”という名がありましたし、彼女にも何か名が必要でしょう。 「貴方は何か希望はありますか?」 「ううん。」 その反応は…まあ、予想はしていましたが。 「では、私が勝手に付けますよ。」 こくりと首を縦に振ったのを確認し、暫し考える。 名は親が子に与える最初の贈り物とも言われますが、かと言って最近増えているちょっと凝り過ぎた名前では後々彼女が困ることになりそうです。まあ私、彼女の親では無いんですけど。 それでも少し悩みますね。 さあ、どう付けたものか。 「…“燐”、なんて如何でしょう。」 「りん…?」 それはふと思い付いた名前。 音の響きも悪くはないだろうと自負する。 辿々しく呟く様子を見て、頷いて。 「今日から貴女は燐です。」 良いですか。 そう続けようとした言葉は、途中で喉の奥に消えました。 りん、りん、と繰り返し自分の名を呼ぶようすは楽しそうで。正に花もほころぶといった形容が似合うくらいに可愛らしい笑顔を浮かべていて。 どうやら気に入ってくれたらしい。良かった。 ひとしきり新しい名を繰り返した後、燐は私へ向き直って小さな声で尋ねてきました。 「あなたのなまえは?」 そこで漸く私は彼女に自分が名乗っていないことに気がつきました。 「燐、私は鬼灯と言います。」 「ほおずき…。」 初めて口にする言葉に戸惑いながら、私の言葉を反復する燐。 そんな彼女の頭を撫でて立ち上がり、手を差し出して言いました。 「私と一緒に来ませんか?」 その時私が何故そう言ったのか、自分でも明確な理由は分かりません。一緒に警察に行くであったり、預かってくれる家を探すであったり、他にも言いようはいくらでもあったのに、どうしてその言葉を自分が選んだのか。 彼女がこのままここにいては仕事に支障をきたすと思ったからかもしれませんし、昔の私を思い出すような彼女をほっとけなかったのかもしれません。 ただはっきりと言えることは、私の手に恐る恐る重なった燐の手は、何とも形容し難い柔らかさと暖かさを持っていました。 ← → [Back] |