その日は突然やってきた。正に、あの事故の時みたいに。

予兆なんて何も無くて、ただワシは為す術を持たなくて、あの日みたいにただ、里香の名前を狂ったように繰り返すしか出来なかったんだ。

「家康さん、今日は私が夕飯を作りますね。」

そう笑って言う彼女へワシも笑って返せば、更に笑みが深まる。頑張らなきゃ、と自ら両頬を軽く叩いて気合い入れをする彼女を愛しく思いながら、キッチンへ向かう里香を目で追う、その時だった。

「……っ…!」

不意に声を出さず、その場へ崩れ落ちる里香。ワシは慌てて走り寄った。

「大丈夫か!?里香!」

体を軽く揺すりながら呼びかける。

「だ…いじょ…う…ぶ…っ…。」

そう呟き、苦痛に顔を歪める彼女を抱きしめる。いつもと同じ、記憶を取り戻そうとしているだけだとワシは自身に呼びかけた。

「い…え……やす…っさ……っ!」

辛うじてワシの名を呼んだ彼女へ何だ、と聞き返せば、ふっと笑い里香はそのまま目を閉じた。

「里香…?里香っ!!」

何度も彼女の名を呼ぶが、目を開くことは無い。

揺すっても、軽く頬を叩いても、何をしても彼女の呼吸音が聞こえるだけ。

ワシの声も次第に叫び声へと変わり、そして訳の分からない獣のようなものへと変わった。

一度ならず二度までも彼女を失うなんて、耐えられない。

まるであの日のようだと頭の中のどこか冷静な場所で思った。



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