桃タロー君に散々揺さぶられて、一晩考えたら目が覚めた。

「僕、あの子に名前聞いてくる。」

おはようって言うより先に桃タロー君に言ってみれば、それでこそ白澤様ですねって言われた。
普段の僕って君にどう思われてるの。

「え…女誑し。」
「即答!?」

僕は女の子みんなが好きなだけなんだけどなあ。
まあ良いや。早く花街に行ってこよう。

「留守番よろしくね、桃タロー君。」
「はいはい、分かりました。」

ひらひらと手を振って、地獄への道を早足で駆けた。





昼間は昼間でまた活気に溢れる地獄の花街。
いつも行く遊郭の前を通れば、客引きの女の子達に捕まって、寄っていかないかとか、良いお酒を入れたよとか魅力的な誘いを受ける。
でも、それよりもあの子が気になって仕方ない僕は全部を断った。

「今日の白澤様つれないなあ。」
「あんなに急いでどこに行くのかな。」

そんな僕を女の子達が、あの白澤様が見向きもしないなんて何か悪いものでも食べたみたい、って噂していたことなんて知らない。


早く早くと急く気持ち。昨日より長く感じる道のりを歩いて、ようやくあの子のお店へ。

すると丁度お店からお客さんが出てくるところで、それを見送る笑顔の彼女がいた。
僕に気付かずにそのまま中に帰っていった彼女を見て、やっぱり可愛いな、なんて思いながら、入り口に掛かっていた暖簾をくぐろうとしたけれど。

「あ…やっぱり無理かもしれない。」

踏み出した足が震えるし、なんか冷や汗も出てきた。ただ甘味を食べに来ただけならこんなに緊張しないんだけどさ、あの子に名前を聞かなきゃって思うと、どうも足が竦んでしまう。

どうしよう。

頭を抱えながらあーとかうーとか言葉にならない音を発して、その場にしゃがみ込んだ時だった。

「どうかなさいましたか?」

大丈夫ですかと心配そうに尋ねる声が聞こえて、顔を上げるとそこにはあの子が。

「あっ…いや……えっと…。」

君の名前を聞きに…じゃなくて、甘味を食べに来て……。

思わず飛び上がりそうになるくらい驚いて、しどろもどろになる僕。いまいち要領を得ない僕の話を聞きながら、彼女はくすりと小さな笑みを零した。

「私の名前は朱里です。」

昨夜も来てくださった方ですよね。

「…覚えててくれたの?」
「ええ。昨日はあなたが最後のお客さまでしたから。」

二度もありがとうございます。

そう言って笑ってくれるから。
また僕の心臓はどくりと大きく鳴ったんだ。


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