今日もまた地獄の花街で酒を飲む。
右手に女の子、左手にも女の子。両手に花だねーなんてふざけてみたり、お座敷遊びをしてみたり。お酒を飲んでいることも相俟って、程良い気分で天国への帰り道を歩いていた。

すると、花街の外れにぽつんと佇む一軒の甘味屋。久々に甘いものでも食べようか、と思ったのは気まぐれだった。

「いらっしゃいませ。」

お店の暖簾をくぐれば、女の子の声が出迎えてくれた。
まあ、ここも外れとは言え花街だし、女の子が働いているのは何の不思議もないよね。同じ商売をしている店でも看板娘がいる店といない店なら、僕はいる店に行くし。

なんてことを考えながら、声のした方を見た時だった。

あ…この子可愛い…。

僕を見てにこりと笑って、お好きな席へどうぞ、とその子が案内してくれている間にも、僕の心臓は鼓動を早める。
それは、今までに感じたことのない感覚。
この子は他の女の子とは違う。
直感でそう思うくらいの、不思議な感覚。

あー…ヤバい。
僕の心臓、その内破裂するんじゃないかな。

馬鹿みたいだけど、その時は本当にそう思ったんだ。

―――――
―――

「…ってことがあったんだよ、桃タロー君。」

不思議だよねーと笑えば、ため息を吐かれた。

「それで、白澤様はその子に名前を聞いたんですか?」
「ううん。その時は彼女を見ているだけで精一杯でさー…聞けなかったんだよね。」

そう言えば、は、と桃タロー君は持っていた仙桃を落とした。あーあ、勿体ないなあ。

「聞けなかった…って、嘘ですよね。」

だってあんた、散々女の子と遊んできたスケコマシだろ!?

胸ぐらを掴まれて、前後にガクガクと揺さぶられる。ちょっとそんなに揺さぶられると酔いそう…。
でも本当だよ、って言ったら、今度は手を離してしゃがみ込んで頭を抱えてる。

「嘘だろ…明日は雨どころか槍が降るんじゃないか…。」

ねえ、そこまで珍しいことでもないでしょ。僕だって気になった女の子に名前を聞き忘れたことの一度や二度……あれ、無くない?
てか、あの子の名前聞き忘れたって…次に店に行った時にどう話し掛ければいいのさ!?

「どうしよう、桃タロー君!?」

名前聞いてないよああどうしよう!

今度は僕が桃タロー君の両肩を掴んで前後にガクガクと揺さぶる。ああもうどうしよう!

「ねえ桃タロー君。お店の場所教えるからさ、君が聞いてきてくれない?」
「自分で行け!」

えー…。彼女にもう一度話し掛けて名前を聞くって…そんな勇気ないんだけどなあ…。

そう言えば、桃タロー君は無言で体温計を渡してきた。
別に体調は悪くないよ?


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