さァさァ皆様お立会い!
今から話すは世にも哀しい恋のお話さ!
哀しいのに何で話すかって?
そりゃ端から見れば哀しいだろうが、この物語の主人公は哀しいなんてちっとも思っていなかったからさ!
幸せな幸せな恋の話さ!
さァそこの御嬢さん、少し聞いていってみないかい?



ポツリポツリと小雨の降る中、京の町を練り歩く。町の人も皆道端に避けて自然と花道を作り出す。
ヒソヒソ。ヒソヒソ。あの別嬪さんはどこの廓だい?ヒソヒソ。ヒソヒソ。柳原の一等だという話だよ。嗚呼なるほどそりゃ別嬪さんだ。ヒソヒソ。ヒソヒソ。
小さな小さな噂話。だからこそ広まるのは早い。あっという間に広まって、柳原一の別嬪を一目でも見ようと人が集まってきた。

「あんたを見ようとみぃんな集まってきてるね!」
「流石うちの太夫だよ。」

周りを誇らしげに歩きながら、見る人見る人1人ずつ見てはクスクスと笑う禿たちの可愛らしいことよ。でも今は静かにしていなさいよと、太夫本人から言われて「はぁい」と笑顔のまんま静かになる。

「姐さん、姐さん。」
「何だい、静かにしなさいと言ったでしょうよ。」
「でも、あそこ。」

ほら、と禿の指す方を見れば、ああどうして。
どうしてあの方がいるのかしら。
これからある国のお殿様の元に身請けされるという私の1番着飾った姿なんて、あの方に見て欲しく無かったのに。
暖かい陽のような笑顔のあの方には、これから先が吉と出るか凶と出るか分からないのに店の利のまま、身請けされる私を見て欲しく無かったのに。

「太夫。」

ああ、私の前に来ないでよ。
そんな優しい声で呼ばないで。

「お兄さん。お日様のお兄さん。私はもうあんたの前には出れないよ。」

貰い手が見つかったんだ。
花街を出て、加賀という国に行くんだ。
相手のお方は名前を聞いてもとんと覚えがないお方さ。
お金のために貰われていく私を見て、守銭奴と、所詮は金かと笑っておくれよ。
袖で顔を隠してそう言ったのに、この方はちっとも退いてくれやしない。

「なあ太夫。俺を見てくれよ。袖で顔を隠さないでさ、お願いだ。」

そうしたら俺、もう太夫の前には来ないから。
その言葉にハッとして顔を隠していた手を退ける。目の前にいるあの方は、私を見て笑っていた。

「俺があんたを貰う加賀の領主、前田慶次だよ。」
「…お兄さんが…?」

突然言われても信じられないだろうけどさ、ほら。うちの軍をほんの少し連れてきたんだ。これなら信じてもらえるかい?
そういうあの方の後ろからは慶次様!と声を上げる兵が。
なんで、どうして、とあれこれ浮かんでは消え、また浮かんでは消えて。でも、そんな疑問はあの方に、慶次様にそっと手を引かれたおかげで吹っ飛んだ。

「なあ、本当の名を教えてくれよ。太夫じゃない、あんたの本当の名前をさ。」
「私は…私の名前は……。」

暖かい慶次様に優しく問われ、震える口を動かして答える。
すると、慶次様は嬉しそうに名前、と呼んでくれた。

「名前、俺は名前を好いてるんだ。太夫じゃない、あんた自身が好きなんだ。俺と一緒に加賀に来て、夫婦になってくれよ。」
「おに…慶次、様…?」

これが夢でなければなんなのだろうか。
ああ、まさかあの方に、お兄さんに、いや慶次様に貰われるなんて。そんな夢みたいな事が現の筈が無いだろう?
そう言う私に向かって慶次様は、「夢なんかじゃ無い、現だよ」と。

「これで太夫の前に俺は来ないけど、名前の前には俺は来るだろう?」

そう言ってそっと抱きしめてくれた。


追憶の劇場


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