自分が卒業するって日に屋上に上る奴も珍しいだろう。いや、もう式は終わったから卒業はしたのか。

とにかく、自分達が主役の卒業式が終わってから三十分程。オレはずっと屋上にいた。
眼下には別れを惜しむ奴らでいっぱい。同級生に下級生、OBやOGなんかの見知った顔もちらほら見える。

そんな奴らを眺めながら、その中に名前もいるのだろうか、なんて思う自分自身が女々しくて笑えた。



…――「政宗先輩が卒業とか考えられませんよ。」
「Ha!オレがいなくなって寂しいからか?」
「何言ってるんですかナルシスト。こんな子供っぽい人が社会に出てやっていけるのか心配って意味です。」
「ほぉ……“先輩”に向かって結構な物言いだなァ名前。」
「冗談、冗談ですよ先輩。言葉のあやってやつですからそんなに怒らなくても…!!」――…



そんな会話を式の前日にやったのだ。そんな彼女なら別れを惜しむ奴らから離れて、1人サッサと帰宅していてもおかしくない。

「Ahー…名前に伝えれば良かったのか…。」

空を見上げてごちる。
彼女には言いたいことがまだまだあった。でも、それをしなかったのは自分自身。弱くて臆病な自分が、今の関係が壊れるのが怖くて伝えなかったことが原因だ。

小さくため息を吐いて、そろそろ下へ降りようかと出入り口へ体を向けた。

「あ。やっぱりここにいた。」

瞬間ガチャリと扉の開く音がして、顔を見せたのはさっきまで考えていた彼女。

「主役がこんなとこにいてどうするんですか。」

つかつかとこちらに近付いてくる彼女に驚いて、呆けた顔をしていたらしい。

「綺麗な顔も台無しな顔してますよ。」
「何で…お前……。」

驚きで体が支配されたままのオレは、彼女の言葉にそう返すだけで精一杯。

「ああ、今日卒業なさる誰かさんに言いたいことがありまして。下で待っていたんですが、何時になっても姿が見えないので、まさかと思って屋上へ来てみたら正解だった、って訳です。」

そこまで告げて、近かった顔が少し離れた。

「言いたかったこと、だァ?」
「そうですよ。一回しか言わないので、ちゃんと聞いていてくださいね。」

彼女がオレに言いたいことの見当がつかずに頭の中は疑問符でいっぱいで、だから名前の言葉がすぐに理解できなかった。

「政宗先輩、一年間大学で待っていてください。私もすぐに先輩に追い付きますから。」

まるで天気の話をするくらい何でもないような事のように言った彼女は、キョトンとしたままのオレに構わずにまた口を開いた。

「政宗先輩、好きですよ。」

何か頬に柔らかいのが触れた気がした次の瞬間には、彼女の気配はオレから遠ざかっていて。

扉が閉まるパタンという音を聞いて、我に返ったオレは、じわじわと体が熱くなるのを感じた。


さよならは言わない


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