甲斐の国境を越えた時には、既に月は一番高い場所から僅かに西へ傾いていた。

「予定よりも数刻遅くなっちゃったなー…。」

そう呟けば、自然と足も速まる。
こんな夜更けなら屋敷の皆は寝静まっていて、きっと彼女も寝室にいるだろうな。
だって任務に行く前に帰るのは夜になるから待たなくていい、って言ったもんね。

門をくぐった先にいた見回りの兵にお疲れーなんて言って、なるべく音を立てないようにして廊下を歩く。
暫くすると見えてきた襖を静かに開ければ、布団が一組だけぽつんと置いてあった。

「あらら。」

布団の表面はシワもなく、触れればすっかり冷たい。
彼女がこの部屋から姿を眩まして数刻経っている証拠。

なら、きっとあの場所へいるだろうななんて見当を付けて赴けばぴったり。彼女は静かにそこにいた。

「やっぱりここにいた。姫様見っけ。」
「佐助…!」

慌てて此方へ来ようとする彼女を止めて、自分から彼女の隣に腰を下ろす。
夜着のままで寒くないのかな、と彼女の体に触れてみればすっかり冷え切っていて。

「女の子が身体冷やしちゃ駄目でしょ。」

彼女が口を開くより先に、さっと自分の上着を掛けた。

「ごめんなさい…。待たなくて良いって言ってたのに…。」

でも、早く逢いたかったから…なんて可愛いこと言ってくれるものだから。怒ろうと思って開いた口が緩む。

「別にー。ただ、姫様ってばそんなに俺に逢いたかったんだ。」

俺様ってば愛されてるーと軽口を叩きながら膝を抱えて小さくなっている彼女の髪を優しく撫でて、自分の方へ引き寄せる。

「ただいま、名前。」

耳元で囁いてそのままそっと耳を咬めば、不満そうな色を浮かべていた彼女の顔が真っ赤に染まった。

「…う…おかえりなさい。」

呟く彼女に小さな笑みを零し、髪を掻き上げて額に唇を落とす。

「“佐助、破廉恥だぞ!”って幸村に見つかったらまた言われちゃうね。」
「しょーがないでしょ。名前が可愛いんだから。旦那がいたらいたでお前を独り占め出来ないし?」

旦那が見ていない時くらい許してよ、と笑って言えば彼女が顔を伏せて黙るのも承知の上。

それがまた可愛くて、だから時々ワザとやってみたりするんだ。
狡い?それこそ忍の本領だよ。

「…今夜は星が綺麗だね。」

忍が任務を行うには明るすぎる夜空。昔の自分なら嫌っていた、明るい夜。

「私はこのくらいのが好きだよ。」

でも彼女がそう言うから、今じゃこんな夜も嫌いじゃないし寧ろ好きだ。

あーあ。俺様も大分丸くなったね。かすがの事、言えないじゃん。


月夜に照らされ


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