業火の中、かの人は笑った。

「ああ…信長公…っ…!」

恍惚の笑みを浮かべるかの人は、目的を果たせて嬉しそうに見えた―――。







「きちんと食事を取らなければ倒れてしまいますよ、名前さん。」
「…別に一食抜いた位で倒れはしません。」
「おや。流石は小早川軍の紅一点ですね。ですが、貴女に倒れてもらっては私が困ります。」

クスクスと笑みを零しながら私に食事を渡す目の前の人は、すっかり小早川軍に馴染んでしまった。
甲斐甲斐しく、女中のやるような食事の世話をする目の前の人は、あの人のような狂気を滲ませた笑みではなく、生きとし生ける全てのものを慈しむような笑みを浮かべている。

どうして。私は、本能寺で信長様を討ったあの人に着いて来たはずなのに。


どうして、どうして、どうして。


この一年間毎日自身に問いて、答えの未だ出ぬ疑問。

どうして。
私は。
私の真の主は。
私の本来の所属は。
こんな場所じゃ無いのに…――。

あの日あの時あの場所で。
目的を果たしたあの人は、それと同時に全てを喪われた。
いや、あの出来事の直後はまだ全ては喪っていなかった。本能寺のあの場では、少なくとも“自分”というものは喪っていなかった。
喪われたのはあの男に出会ったからだ。
あの男さえ出逢わなければ。

あの人は、あの人は――光秀様は―――…。


「そう険しい顔をしてしまっては、折角の美味しい食事が台無しです。」
「私の事はお気になさらないでください。」
「そうはいきませんよ。貴女は金吾さんの大切な部下ですから。」

嗚呼。
嗚呼。
重くのしかかるその言葉。
いくら私が異を唱えた所で現実は変わらないのだ。

もし、あの方が謀叛なんて起こさずに、あとひと月耐えていらしたならば。
もし、かの魔王があの方に簡単に討たれなければ。
もし、あの方が全てが終わった後に失望しなければ。
もし、あの方があの男に出逢わなければ。

この一年間、幾度となく頭を過ぎった“もし、”の世界は、最早叶わぬ“夢”の世界で。
現実という名のこの世界が、夢の世界で、あの方のいる世界が現実の世界であったならば、どれほど良かったことか。

「秀秋様のお世話も良いですが、ご自分の事もお忘れなきよう……天海殿。」
「無論、心得ていますよ。」

私を真っ直ぐに見据えるその笑みに、言葉に耐えきれず、手の内に隠した桔梗紋をぐしゃりと握り締めた。



(夢ト知リセバ 覚メザマラシヲ)


ナイトメア


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