何かが頬を撫でるのを感じた。
ゆっくりと瞼を開いて体を起こす。

ふわり、と風が吹いた。

嗚呼さっき頬に感じたのはこの風か、と寝起きでぼんやりした頭で納得。
都会特有の喧騒も聞こえない。草のいい匂いがする。

草の──草の───草、の?

「ちょっと待って。ここどこ?」

微睡みから完全に覚醒した私がいたのは、広大な草原の真っ只中だった。辺りを見渡してもあるのは山や森ばかり。

「あれ…?私、自分のベッドで寝ていたはずじゃ…?」

どうみてもここは現代の日本には見えない。

ならば何処?

他人に聞こうにも、人っ子1人見当たらない。
どうしようかと頭を抱える私の耳が、次第に大きくなる何かの音を捉えた。
私がその方へ視線を向けた瞬間。

「う…馬ぁぁあああ!?」

ありえない。馬に乗った大勢の人達が隊列を組んでこちらへと向かってくるなんて。驚いてその場から動けなくなった。

私の手前1メートル位まで近づいた集団はそこで止まる。

「お前、どうしたんだ?そんなところにいては敵に殺されてしまうぞ?」

へたり込む私に向かってその集団の先陣を切っていた青年が話しかけてくる。

「あ…。」
「家康様!この娘、何やら妖しげな着物を着ておりますれば。もしや…敵国の刺客か!?」
「ふぇっ!?私が刺客!?」

驚いた。
刺客だなんて、時代劇くらいでしか聞かない言葉だ。
益々頭の中がこんがらがる。

「貴様、何処の軍の所属だ!返答によっては切る!!」

そう言ってまた別の人が刀を構えた。
キラリ、とその切っ先が光った。

「……ひっ…!!」

刀とか武芸に関する知識が皆無な私にも分かる。レプリカなんて可愛いものじゃない。あの刀は人の命を奪える、本物だ。

「まあまあお前達、落ち着くんだ。彼女が驚いているだろう?お前、名前は?」

いきり立つ男の人達を笑顔で諫めた青年が、助け舟を出してくれた。

「あ…苗字名前、です…。」
「そうか。ワシは徳川家康。気軽に家康と呼んでくれ。名前、さっきはワシの部下が済まなかったな。」

にこり。
太陽みたいに眩しい笑顔。
そのままへたり込んだままの私に手を差し伸べ立たせてくれる。

「ありがとうございます家康さん…。」

お礼を言った直後。
私の頭の中である一点が光った。

「あの…つかぬことを伺いますが……。」
「何だ?」

その質問だけはしてはいけない、と誰かが止める声が聞こえた気がした。
でも。

「今は何年ですか?」

気付けば口に出していたんだ。

「ん?今は1600年だぞ。」

あっさりと爽やかな笑顔で答えてくれる家康さん。

「1600年って……あれ?まさか…戦国時代じゃ…。」
「そうだぞ。」
「…は?……はあぁぁぁぁあああ!?」

羞恥心なんてない。
それ以上に今し方聞いた事の方が重要だ。

天まで届くかのごとく叫んだ私の声が、あたり一面に広がった。


泡沫の邂逅


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