つい数刻前までは喧騒にまみれていた校舎も、授業が終われば静かになる。
雨で電車が止まる前に早く帰るように、なんて忠告をされたショートホームルームを終えたそのままの足で彼女のテリトリーへ向かった。

「名前。」
「“先生”を付けなさい、といつも言っているでしょう?」

ドアを開ければすぐに飛んできた注意。手で口元を隠すようにしてクスクスと笑う彼女が綺麗だ、なんてぼんやりと考えながら頷く。

「今日の喧嘩は君が勝ったのかな。」
「…何でbattleしたって知ってんだ?」
「猿飛くんが真田くんを叱りながら此処に来たから。」

男の子だし元気なのは良いけれど、あまり派手なのは駄目よ。此処でできる治療にも限界があるんだから。

そう言ってオレの頭を撫でる手に誘われて、正面からゆっくりと彼女の肩口に顔を埋めた。

「そうされると仕事ができないんだけどな。」
「……。」
「冗談。君が来るより先に片づけたわ。」

顔を浮かしかけたオレを見て、またクスリと笑われた。

ああ、また彼女の掌の上。

まだまだ子供なオレが彼女に勝てるようになるにはまだ先の話だろう。

「好きなだけそうしていれば良いよ。」

その一言でオレはまるで甘えたい盛りの子どものようになる。
それを十分分かっている彼女は本当に大人。

しんとした室内に、しとしとと雨の降る音が聞こえる。
それを聞きながら、オレはゆっくりと瞼を閉じた。

そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。
聞こえていた雨音はいつの間にか止んでいた。
閉じた瞼を開いて外を見れば、空はすっかり真っ暗闇。

「名前…?」

目を閉じる前オレは彼女の目の前に立っていた筈が、いつの間にか彼女の座っていた椅子に座っていて、おまけに彼女の着ていた白衣を掛けられていた。

「やっと目が覚めたみたいね。」

後ろから声が聞こえて、振り向くと彼女がいた。

名前、とオレが呼ぶより先に彼女は時間よ、と一言。

「下校時刻よ、伊達君。」

そう言って笑う彼女にコクリと頷いて。
声を出して返事をしようと開いた口に、刹那だけ暖かく柔らかいものが触れた。

「また明日ね。」

そうして小さく笑う彼女に今日もまた囚われる。


柵の中で


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