もし今日、わたしが阿部と日直じゃなかったら
この恋はもう少し長生きできたのかな。
「・・・竹本」
「んー?」
全く手伝う気がない男はわたしの前の席からイスにもたれかかっている。
何もしないなら帰ればいいのに。
ことごとく意味のわからない阿部に曖昧な返事をしながらわたしは今日あった授業の内容などを日誌に書いていた。
「水谷のどこが好きなわけ」
「は」
動いていた手がぴたりととまる。
顔を上げるとどこか不満そうな阿部と目があった。
知ってたんだわたしが水谷好きな事。
「知ってたの」
「バレバレ」
で?どこが好きなんだよ、と急かす阿部にこいつこんな恋とか興味あったっけ、と思いながらも答える。
「優しいとことか、よく気がつくとことか、明るいとことか、とにかく全部よ!」
うん、我ながらよく特徴を言えたな。
でも阿部はふうんと呟いてそれきり。
自分から聞いてきたくせに何なのこいつ・・・。
「それに水谷はわたしの王子様なんだから」
少しむきになって言ったあと夢見る乙女かと少し恥ずかしくなった。
「王子?」
「そ、そうよ」
目を丸くする阿部に笑われないように少し早口になる。
「わたしが部活でドジしたとき助けてくれたの、すごくかっこよかったんだから」
思い出して少し赤くなると、阿部はへえ、と小さく笑った・・・気がした。
「それって助けてくれた奴がたまたま水谷だったからあいつの事好きになったんじゃねえの?」
「は・・・何言って」
「その場にいたのが俺だったら俺の事好きになってたって事だろ」
「冗談!誰があんたなんか!!たとえ水谷じゃなかったとしてもわたしの好きな人は水谷よ!」
「水谷水谷って・・・お前の目には水谷以外映ってないのかよ」
「うるさ」
「お前見てると痛々しいんだよ、アホみたいに水谷の背中ばっか追いかけて、少しは」
「・・・っ」
その先の言葉はわたしの手によって遮られた。
乾いた音が教室に響く。
じんじんと痛む手より、心のほうが痛かった。
目に溜まりきらない涙がぽろぽろと頬を伝って、にじむ視界の阿部を睨みつけても阿部は全く動じない。
「ほら、図星だろ」
「ち、がう・・・」
「水谷の事しか頭にないのは一向に構わない、けどな」
「うるさいうるさい!聞きたくない!」
それ以上何も言わないで、わたしが水谷好きで何が悪いの。
阿部には関係ないじゃない。
机にかけてあったカバンを取ると教室を飛び出した。
なんで、なんでなんでなんで!
なんでわたしがあそこまで言われなきゃいけないの!
わたし阿部に何かした?あんなひどいこと言われるほどの事した?
止まらない涙を拭うことも忘れて渡り廊下に出ると、ちょうど水谷が下校するところだった。
水谷・・・。
いつもと変わらず柔らかい表情をしてる水谷。
たまらなく声が聞きたくて声をかけようとした。
でも、わたしの口は言葉を発する前に閉ざされて。
はにかむ水谷の横には、千代がいた。
景色が色褪せた日
(崩壊の音がした)
⌒⌒⌒
120804
歯医者さんで考えてました。