エミルはボクが一人でやる事が無い時、いつも話してくれた。額に赤い宝石をつけた少女がお前の人生を変えてくれる。それまで俺がずっと居てやるから。といつもより優しい声色で言うのだ。

「その子が来たら、エミルはいなくなるの?」
『お前がどうしても、って言うなら居てやらない事もない』

その女の子がどんな子かわからないし、ボクにとってエミルは大切な人に変わりはないので、出来ればずっと一緒に居たい。こんなボクの為に、いろいろアドバイスをくれるのは、いつもエミルなのだから。

『まぁ俺が居なくなったら、お前何も出来なさそうだしな。お前が俺を必要としなくなるまでは、一緒にいてやるよ』

そう言った彼の声はなんだか寂しそうだった。




眼鏡の青年はリフィル・セイジの銅像の前に立っていた。この街にはロイドだけじゃなく、世界再生の際に活躍した英雄たちの銅像が建てられているのだ。


(銅像を見てるなんて、観光客なのかな)
『魔物の出る街で観光なんてするか?』
(そう、だよね。それに観光なら少しくらいは楽しそうな顔をするはずだもんね)
『(……こいつ、リヒターには容赦無いな)』


青年に近づくとボクの気配に気づいたようで振り返った。相変わらずの鋭い目つきで。やはり絶対に観光客では無いと断言できるほど、ニコリともしない。


「………なんだ」
(…う……怖い…)
『本人を目の前にするとこれだからな』
「話が無いなら俺から聞きたいことがある」
「…え!? は、はい……!」


ビクビクして結局ありがとうの一言が出なかった。どうにかして目つきと愛想を良くしてもらいたいものだ。


「確かクリネ、だったな」


こくこくと頷いてみせると、青年は訊ねた。


「おまえ、額に赤い宝石のようなものを付けた男を見かけなかったか?」
『……は?』
「……え?」


意外な事を訊ねられ、どもってしまった。エミルから聞いていたのは女の子だったはずたけど、その子とは違う人なのかな。と一人で自己解決してそのような人を見かけたか頭を巡らせた。が、そのような人は見かけていない。額に赤い宝石って、流行りなのだろうか?


「あ…あの……い、いいえ…」
「何故そのなにおびえている?」
「あ…あの……(怖いからって言ったら、やっぱり怒るよね?)」
『それ、今朝も同じの聞いたな』


あきれたようなため息が聞こえて、怒らせたかと思って俯きかけていた顔をあげると、青年と目が合った。それから彼は言った。


「ーー勇気は夢を叶える魔法」
「え?」
「昔、頭のネジのゆるんだ“人間”がほざいていた台詞だ。ロイドへの忠誠を拒んだとき、おまえの中には勇気がわいていたんじゃないのか?」


そうなのかな、と首を傾げたくなる。でも、そうだったらいいとは思う。


「人の顔色だけを見て、媚び、へつらい、逃げる奴は豚同然ーーいや、それ以下だ」


それは痛烈な口調で言い放つと、彼はボクの顔を覗き込んだ。顔が思ったより近づいて、顔が少し強張った。


「おまえは豚か? それとも人間か?」
「ぼ、ボクは……」


彼は、ボクの答えなど最初から期待していなかったようで、すぐに背を向けて歩き出していた。


「せいぜい人間であるんだな、クリネ」


彼との会話は、言葉のきつさとは裏腹に、自分への軽蔑や憐れみが感じられなかったな。と少し不思議に思った。


「勇気は…夢を叶える魔法……」
『……(あぁ、アイツもこの言葉で強くなっていったんだな)』
「ボクはバケモノなんかじゃない…。人間だ」
『で、これからどうすんだ?』


結局、お礼はまた言えなかった。それに、エミルの言っていた、赤い宝石の女の子の事も気になる。さっき、確かに眼鏡の青年は男と言ったのだ。


(とりあえず、もう一回追いかけてみる)
『あぁ、そうしろよ』


広場を抜け、町長の家の前まで来ると、また遠吠えが聞こえた。


「……湖底だ。湖底の方から聞こえる」
『どうする?行くか?』
「どうしよう……。気になるけど、湖底に降りるには街の外に出ないとダメだし……勝手に外に出たらフロルおばさんに怒られるし…」


ふたたび、今度は少し焦れたような鳴き声が響いてきた。まるで自分の呟きが聞こえてでもいるかのようだ。それになんだか少し懐かしいような、そんな気分だ。

ふらふらと街の出入り口にかかっている橋に向かって歩き始めた。やがて、見張りに立っているらしい自警団の男が見えてきた。あの人は近所に住む顔見知りだ。あまり好きにはなれないけれど。


(ダメだ…見つかっちゃうよ)
『なら他の道を探すか?』
(うん、そうする…)


早々に街の外に出るのを諦めかけたとき、見張りの男が声を上げた。橋を渡って外から走り込んで来たのは叔父だった。


「アルバ! どうしたんだ。血相を変えて」
「ア、アルバおじさん……」
「ちっ、おまえか…」


おじさんはボクを見つけると、たちまち不機嫌になった。いつもの事だが、あまりいい気分にはならない。ボクが何をしたって言うんだ。


「辛気くさい顔を見せるんじゃない!おまえって奴は!」
「…あ……ご、ごめんなさい…」
「まったく邪魔な奴だ。お前がロイド様を目の敵にするから、うちがヴァンガードに加担してるじゃないかって、後ろ指さされてるんだぞ。いいから家でおとなしくしてろ!帰ったら折檻してやる!」
『けっ、やれるもんならやってみろってんだ』


エミルは初めて会った時から、アルバおじさんの事が嫌いなようで、いつも言い争い(一方的な)をしている。相手には聞こえていないとわかってはいても、聞こえてしまうんじゃないかとボクは気がきじゃない。


「こんなヴァンガードかぶれのガキなんてほっとけよ、アルバ。それより何があったんだ?」
「ああ、大変なんだ。シノア湖の湖底に見た事ない魔物が来て、自警団が何人かやられた!」
『ハッ、ざまぁねーな!』


そのままあれよあれよと話が進み、二人はもうボクの事を見もせずに、気づけば一人残されてしまった。


(な、なんか急に静かになっちゃったな……)
『そうだな、それより……』


エミルが何か言おうとした時、またあの遠吠えが聞こえて来た。まるで見ているかのようなタイミングだった。


「今なら、湖底に行ける……けど…」
『けど、何?』
「…おじさん達に怒られるのは怖いよ…」
『はぁ、−−人の顔色だけを見て、こび、へつらい、逃げる奴は豚同然。いや、それ以下だ−−』


エミルの言葉には聞き覚えがあった。あの青年が言った言葉だ。それに、彼は他にも言っていた。そう、確か…


「勇気は夢を叶える魔法…」
『……どうする?』
「やっぱり、行こう。…ボクは……人間だ」


ボクはやっと前を向いた。









 
 
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