正直言って、実感が湧かない。この三年間、いろいろなことがあった。普通の高校生じゃあり得ないくらいたくさんの経験をした。共に学び、笑い、ふざけ合って、本気で怒って、泣いて。毎日毎日何かしら出来事が起きて、問題の絶えないクラスだった。平穏という言葉に無縁だったこの三年間、問題児クラスとして手を焼かれていたこのクラスも、今日で卒業だ。




いつも通り朝を迎え身支度をし、めかし込んだ母を横目に家を出る。通学路はいつもと同じ風景で、なんだか少し切ない。桜はまだ蕾だけど、この蕾が来月、初々しい新入生を歓迎してくれるのだろう。数え切れないほどの出来事と共に過ごした日々。その一つひとつを色褪せないように守っていけるだろうか。そんな不安を抱えたまま、校門をくぐる。




教室はいつものように賑やかだった。たくさん写真を撮って、いたずらして、黒板にメッセージを書いて。こうやって、「卒業」という通過点を悲しいものとせず、精一杯楽しむのがこのクラスだ。わたしはそんなこのクラスが大好きだ。だがこの三年間に悔いがないか、と聞かれると、ひとつだけ、まだわたしにはやらなければならないことがある。







暖かい春の日の放課後。校庭からは運動部のかけ声がこだまして、夕焼けが保健室に溶ける。皺のない白衣を羽織ったその後ろ姿に、わたしは恋い焦がれていた。



「夕日、綺麗」

「あぁ、そうだな」

「ね、先生」

「どうした? 珍しく真剣な顔して」

「わたし、高杉先生のことが好きです。自分の立場も、先生の立場も、理解してるつもりです。でも、でも、だからって自分の気持ちを抑えられるほど大人じゃなくて、先生の前では少しでも大人になれるように頑張ったけど、でもやっぱり、わたし、先生のことが、大好きなんです」

「…本気か?」

「はい」

「俺ぁ生徒と付き合うつもりはねぇよ。まあでも、互いの立場を理解していながら自分の感情を捨てられない俺も、大人とは言えねぇよなぁ」

「せん、せ…?」

「お前が卒業したときにまだその気持ちが変わっていなければ、もう一度言いに来い」



そう言って高杉先生は、白衣を翻し保健室から去っていった。あれから先生はあからさまにわたしを避けた。だからあの日以来、目は合っても言葉を交わすことはなかった。でもね、あれから大分時間は経ったけど、わたしは今でも高杉先生のことが大好きなんです。細くて長いその指も、たまに優しく細めるその右目も、口のわりに真摯なその態度も。大好きで大好きで、仕方ないんです。




銀ちゃんがピシッとスーツを着ているのをみんなが茶化して、さっそく勲くんが泣き出して、わたしも目頭が熱くなる。


「あーほら、もうそろそろ時間だ。体育館いくぞー」


たくさんの思い出が詰まったこの三年間に、鮮やかな終止符を。そして、わたしはこの学校を、高杉先生にとっての生徒を、卒業する。







わたしとあなたを繋ぐ夕焼け


白衣が茜色に染まる。狡い大人のように笑ったかと思えば、子供のように照れるあなたに、わたしはまた恋をした。







3月9日様に提出
2012.2.28
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