哀しいキセキ



昔たてた杵柄、といったものか。わたしは何年振りかもわからないくらい久しぶりにギターを手にしたのに、恐ろしいくらい勝手に、両手が旋律を奏でた。なんだ、まだ弾けるんだ。ちょっと嬉しいけれど、その倍虚しい。

昔やっていた音楽は、"食べていけるほどの才能はない"という現実的な直感であっさり辞めたのだ。周りにはそれなりにもてはやされていたけれど、わたしには、音楽で生きていきたいと思うほどの情熱はなかった。


「昔の感覚、残ってるみてぇだな」

「蘭丸…」

「俺はお前のギター、好きだったよ」


隣で相棒のベースのチューニングをしながら、蘭丸はそう呟いた。


「わたしには、才能も情熱もなかったよ。でも今、あのライブハウスの照明の眩しさを思い出した」

「ああ、懐かしいな」

「…リッケンは、やっぱりいいね」


ギターの弾きすぎで出来た肉刺も、今ではすっかり姿を消している。それくらい、年月は過ぎたということか。


偶然、本当に偶然、蘭丸に会った。タワレコの洋楽コーナーで。普段洋楽を聴かないわたしが、なんとなく、ふらりと向かった、今日に限って。それから、お互いの話をして、そしてなんとなく、昔よく通った音楽スタジオに足を運んでいた。


わたしが何となく音楽をしているとき、蘭丸はとにかく必死にロックを奏でていた。それが羨ましくて、わたしには出来なくて、別れた。そう、わたしたちは昔、恋仲だったのだ。まあ、わたしから終わらせたのだが。


「蘭丸、有名になったね」

「ああ」

「まさか蘭丸が、アイドルになるなんて思わなかったよ」

「ロックなら、なんでもいい」

「そっか」


わたしはマスターに借りたリッケンを、そっとケースに戻した。もうこれ以上、蘭丸と同じ空間に居たくなかったから。わたしの無力さが、露わになるのが嫌だったから。



「そろそろ、帰るね」

「なあ、名前」

「んー?」

「もう歌う気は、ないのか」

「ない、ね」

「そうか」

「じゃあね」

「待て」



防音室の中に、蘭丸の低くて綺麗な声が、木霊する。オッドアイがわたしを見下ろす角度が、昔より大きくなった気がする。わたしの腕を掴む力も、昔より強くなった気がする。



「俺はお前のことが好きだ。あの頃から、ずっと」

「冗談、でしょ。あれから何年経ったと、」

「何年経っても、俺はお前が好きだ」

「なんなの。偶然会って、そんなこと、言われても」

「偶然でも、会えたんだ」



あの頃、小さなライブハウスのステージで、鋭い照明を一心に浴びて歌う蘭丸が、好きで好きで、仕方がなかった。ただ、一人で先をゆく蘭丸が、憎らしくて、嫌いだった。置いて行かれるのが、怖くて仕方なかった。そんな弱いわたしが、何も成長していないわたしが、今の彼を愛すことなど、出来るわけがないのだ。



ごめんね、愛してるけど。

わたしが今より強くなったときにまた…。なんてそんな我が儘、言えるわけがない。

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