からあげ
夕刻、白い部屋が橙に染められて、朝方干した洗濯物の存在を思い出す。
ああ、もうこんな時間。
早く夕食を作り始めなきゃ。仕事を早く上がれたので、久しぶりにまともな料理をしようと買い込んだ食材を、冷蔵庫に詰め込む。
あっ、お醤油、まだ残ってるじゃない。まあいいか。
わたしの独り言は、虚しく消えていく。今、それを拾ってくれる人はここには居ない。
"今日はいつもより早く帰れそうだから、名前ちゃん特製からあげが食べたいな"
昼過ぎに嶺二から届いたメールには、可愛らしい顔文字と共にそう書かれていた。もう、彼女より女子力高いってどういうことよ。そんなことを思いながら頬が緩むのには気づかないフリ。タレを作って、鶏肉をちょうどいいサイズに切り分けて、漬け込んで、冷蔵庫へ。味を染み込ませている間に、他の料理もちゃちゃっと作っちゃう。からあげは、嶺二が帰ってきてから揚げよう。とりあえず、ちょっと休憩。
最近、お互い忙しくて、なかなか2人の時間を作れなかったから、なんだかとても嬉しくて、ちょっとむず痒い。早く、早く帰ってこないかな。そんなことを思った矢先、玄関からガチャガチャと、鍵を開ける音が。
「たっだいまー! すっごくいい匂いがするー!」
「おかえり、嶺二!」
「名前ちゃんの手料理が待ち遠しくて、れいちゃんお仕事ちょー頑張ったんだから!」
「ん、お疲れさま」
「からあげ!からあげ!」
「うん、今から揚げるから、その間ゆっくりしてて?」
「はあーいっ」
片栗粉をまぶして、熱した油に落とす。美味しく揚がりますように。わたし特製のからあげは、少し濃いめの味付けとにんにくの風味、それからたくさんの愛情がこもってるから、寿弁当のからあげにも負けないくらい美味しいのよ。
「嶺二、出来たよー」
「待ってましたあ!」
「残さず食べてね」
「モチのロンだよっ! いっただっきまーす!」
「召し上がれ」
嶺二の胃袋、鷲掴み!
きっとこの後、からあげ味のキスをする。